・・・日本の知識層は実は文化に冷淡なのではなく、民族的文化、国家的思潮に冷淡なのである。そしてこのことたる全く従来の文化的指導者の認識のあやまりに由るのである。 日本の文化的指導者は祖国への冷淡と、民族共同体への隠されたる反感とによって、次代・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・祇尼天も狐に乗っているので、孔雀明王が孔雀の明王化、金翅鳥明王が金翅鳥の明王化である如く、祇尼天も狐の天化であろう。我邦では狐は何でもなかったが、それでも景戒の霊異記などには、もはや霊異のものとされていたことが跡づけられる。狐は稲荷の使わし・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・けれども、一時代のこの世の思潮が、この種の人たちを変に甘えさせて、不愉快なものにしてしまった。一体、いまの僕には、この人たちを親切にもてなす程の余裕が、あるのかしら。僕だって今では、同じ様に、貧しく弱い。ちっとも違っていないじゃないか。それ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ その大正七、八年の社会状勢はどうであったか、そうしてその後のデモクラシイの思潮は日本に於いてどうなったか、それはいずれ然るべき文献を調べたらわかるであろうが、しかし、いまそれを報告するのは、私のこの手記の目的ではない。私は市井の作家で・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・また、商人は倉庫に満す物貨を集め、長老は貴重な古い葡萄酒を漁り、公達は緑したたる森のぐるりに早速縄を張り廻らし、そこを己れの楽しい狩猟と逢引の場所とした。市長は巷を分捕り、漁人は水辺におのが居を定めた。総ての分割の、とっくにすんだ後で、詩人・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・大理想も大思潮も、タカが知れてる。そんな時代になったんですよ。僕は、いまでは、エゴイストです。いつのまにやら、そうなって来ました。菊代の事は、菊代自身が処理するでしょう。僕たち二十代の者は、或る点では、あなたたちよりもずっと大人かも知れませ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・『明星』にあこがれた青年、なかばロマンチックで、ファンタスチックで、そしてまだ新しい思潮には到達しない青年の群れ――その群れを描くことについては、私にとって非常な困難があった。中学時代のかれの初恋、つづいて起こった恋愛事件、それがのみ込めな・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ラッパはむしろ添え物であって、太鼓の音の最も単純なリズムがこの一編のライトモチーフであり、この音の弛張が全編のドラマの曲折を描いて行くのである。ヒロインの心臓はこの太鼓の音と共に生き共に鼓動する。そうして彼女の心の態度はこのライトモチーフの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかし、そのような場合でも詳細に調べてみると、やはり海陸風に相応する風の弛張が認められない事はないのである。 夕なぎというのは昼間の海風から夜間の陸風に移り変わる中間に、一時無風の状態を経過する、その時をさして言うのである。従って夕なぎ・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・市井の流行風俗、生活状態のようなものはもちろん、いろいろな時代思潮のごときものでも、すぐれた作者の鋭利な直観の力で未然に洞察されていた例も少なくないであろう。未来の可能性は、それがどんなに現在の凡人に無稽に見えても実は現在の可能性のほんのわ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫