・・・声が響いているばかりで、現実には新たな文芸思潮というべきものも生れなかったし、新しい意味を持った作品の一つも出現しなかった。 この実際の事情は、文芸復興を提唱した一群の作家たちにいい作品を生むためには先ず古典を摂取せよという第二の声を起・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・つづけて直ぐ市長が発狂する。ピーピーつづけざま呼笛が鳴る。狭窄衣がとび出す。赤いプラカートがスルスルと舞台一杯におりて来て、舞台からとびおりて俳優が観客席の間を右往左往、小鬼みたいに叫びながら馳けずりまわり、パッとそれが消え、再び舞台が明る・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・黒白の漫画絵ハガキの右手にはケムブリッジ案内と書いた部厚な本を抱えた紳士を従えた市長が、胸に授を飾り、脱帽して高貴な訪問者に挨拶している。頭にターンを高くまきつけ、白袍をまとった所謂インド王族がそれに勿体ぶった礼をかえしているうしろで三人の・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・この遠縁の若者は、輜重輪卒に行って余り赤ぎれへ油をしませながら馬具と銃器の手入れをしたので、靴をみがくことまで嫌いになって帰って来た男である。 午後になって、私は家を出かけ、もよりのバスの停留場に立った。この線はふだんでも随分待たなけれ・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・小学校の卒業のときは、総代で、東京市の優秀児童ばかりを集めた日比谷の表彰式で、市長からの賞品を貰った。そのとき綺羅を飾った少女たちの間に、村上けい子という最優賞の娘は、質素な紡績絣の着物に色の褪せた海老茶の袴という姿で人々を感動させたという・・・ 宮本百合子 「なつかしい仲間」
・・・その侯爵令嬢が、ほかならぬ故東郷元帥の孫娘であったことは、世間の視聴をそばだてしめた。 良子嬢が、浅草のカフェー・ジェーエルで、味噌汁をかけた飯を立ち食いしつつも朗らかに附近のあんちゃん連にサービスし人気の焦点にあったという新聞記事をよ・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・青森市では、記載もれの市民大会が開かれ、市長以下責任者が退陣しなければならなくなった。長野の或るところでは、役場の責任者が、責任感から行方不明となり、自殺したかもしれないと云われている。 このような大量な記載もれの生じた原因は、何だった・・・ 宮本百合子 「春遠し」
・・・を禁じて単なる鑑賞批評だけを許したことは、当時世界の視聴をその極端性でおどろかしたが、この非文化的な宣言を敢てしなければならないほど、ドイツの民衆の間には、自分の声で、人間らしい理性の具わった言論を求め、またその要求に応えているものが一方に・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムの諸相」
・・・いろいろの点からこの出来事は世界の視聴を集めた。ソヴェト同盟の大衆は、イタリーにいた五年の間にゴーリキイが、故国で行われている新しい建設に対して絶間ない注意を払い、その文筆活動を通してソヴェト同盟の建設の意味を世界に向って語っていたことを知・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・ そしてかれは伍長に従って行った。 市長は安楽椅子にもたれて、彼を待っていた。この市長というは土地の名家で身の丈高く辞令に富んだ威厳のある人物であった。『アウシュコルン、』かれは言った、『今朝、ブーズヴィルの途上でイモーヴィルの・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫