・・・ 乞食頭のピーチャムのする芝居にはどうも少ししっくりしないわざとらしさを感じる。 この映画の前半はいかにも昔のロンドンのような気分があるのに後半はなんとなく近代のベルリーンあたりのような気持ちになるのが不思議である。それで前半ではド・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これまでいろいろのいわゆる勝地に建っている別荘などを見ても、自分の気持ちにしっくりはまるようなものはこれと言って頭にとどまっていない。海岸は心騒がしく、山の中は物恐ろしい。立派な大廈高楼はどうも気楽そうに思われない。頼まれてもそういう所に住・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・それからそれといろいろの欠けらが掘り出されたが、欠けらと欠けらがしっくり合わなくて困っていた。どちらの欠けらも「間違い」ではなくて「真」の一片であった。近頃やっと二つの欠けらがどうやらうまく継ぎ合わされたようである。 すべての破片がこと・・・ 寺田寅彦 「スパーク」
・・・宅の洗面台はきわめて粗末な普通のいわゆる流しになっていて、木製の箱の上に亜鉛板を張ったものであるが、それが凹凸があって下の板としっくり密着していないために、洗面鉢の水が動揺するにつれて鉢自身がやはり少しの傾斜振動をする。しかるに鉢の底面から・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・は別問題として、有史以来二千有余年この土地に土着してしまった日本人がたとえいかなる遺伝的記憶をもっているとしても、その上層を大部分掩蔽するだけの経験の収穫をこの日本の環境から受け取り、それにできるだけしっくり適応するように努力しまた少なくも・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ああここにおれの安住の地位があったと、あなた方の仕事とあなたがたの個性が、しっくり合った時に、始めて云い得るのでしょう。 これと同じような意味で、今申し上げた権力というものを吟味してみると、権力とは先刻お話した自分の個性を他人の頭の上に・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・行き度いが、お前の枕元か足元か、又は傍らの方に、私がはいこむ程の隙があるかというて、問うた所が、男の方即ち幽霊が答えるには、わたしの枕元にも、足元にも、傍らにも少しも透間がない、わたしの棺は、そんなにしっくりと出来て居る。というたのである。・・・ 正岡子規 「死後」
・・・しかし、イエニーのいない地球のあらゆる土地は、彼の体と心とにしっくり合わなくなった。旅行は輾転反側のように見えた。一八八三年三月十四日――イエニーの死後三年目の早春に、人類の炬火のかかげ手カール・マルクスはメートランド・パークの家の書斎の肘・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 夫の発病によって新しい愛が妻との間にめぐむいきさつは、もっとしっくりとした筆致で描かれてよい。粗暴であった夫がやさしい夫となる、その動機に、エゴイズムがあるかないか、主人公は考えてみてよい。 「終りなき調べ」 米田鉄美 多・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・そういう努力がされていれば、民主的ということの文学における今日の現実が、もっとしっくり文学自身の内のこととして身についたであったろう。文学の上に、民主的とか民主主義とかいう字が、ただとりつけられたばかりのように理解すれば、文学はいつだって文・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
出典:青空文庫