・・・しかし信仰のあるモダンガール、モダン婦人はその深みとクラシックとの対照のためにかえって非常に特色のある魅力と、ゆかしみが生じるものである。 そのわけは近代的な思想や、感覚に強い感受性を持っているということは、生命力の活々しさと頭の鋭さと・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・枕の下に、すさまじい車輪疾駆の叫喚。けれども、私は眠らなければならぬ。眼をつぶる。イマハ山中、イマハ浜、――童女があわれな声で、それを歌っているのが、車輪の怒号の奥底から聞えて来るのである。 祖国を愛する情熱、それを持っていない人があろ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・文章に一種異様の調子が出て来て、私はこのまま順風を一ぱい帆にはらんで疾駆する。これぞ、まことのロマン調。すすまむ哉。あす知れぬいのち。自動車は、本牧の、とあるホテルのまえにとまった。ナポレオンに似たひとだな、と思っていたら、やがてその女のひ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・往来に、あるいは佇み、あるいはながながと寝そべり、あるいは疾駆し、あるいは牙を光らせて吠えたて、ちょっとした空地でもあるとかならずそこは野犬の巣のごとく、組んずほぐれつ格闘の稽古にふけり、夜など無人の街路を風のごとく、野盗のごとくぞろぞろ大・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・濃い藍色の絹のマントをシックに羽織っている。この画は伊太利亜で描いたもので、肩からかけて居る金鎖はマントワ侯の贈り物だという。」またいう、「彼の作品は常に作後の喝采を目標として、病弱の五体に鞭うつ彼の虚栄心の結晶であった。」そうであろう。堂・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 鹿は闇の中を矢のように疾駆しました。藪を飛び越え森を突き抜け一直線に湖水を渡り、狼が吠え、烏が叫ぶ荒野を一目散、背後に、しゅっしゅっと花火の燃えて走るような音が聞えました。「振り向いては、いけません。魔法使いのお婆さんが追い駆けて・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・そうした、今から見れば古典的な姿が当時の大学生には世にもモダーンなシックなものに見えたのであろう、小杉天外の『魔風恋風』が若い人々の世界を風靡していた時代のことである。 大正の初年頃外房州の海岸へ家族づれで海水浴に出かけたら七月中雨ばか・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・それがその頃の田舎の中学生のハイカラでシックでモダーンな服装であったからである。 第一日は物部川を渡って野市村の従姉の家で泊まって、次の晩は加領郷泊り、そうして三晩目に室津の町に辿り付いたように思う。翌日は東寺に先祖の一海和尚の墓に参っ・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・Wallace lodge を見るため、只見た丈で森を抜け、小さい美しい家を見て Home sick になり、チョプスイに行き歩いて家にかえる。四月 十三日 夕方七時頃から岩本さんと三人で、Music Service に行く。四月 ・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・ 一望果しなく荒涼とした草原を自動車は疾駆し次第に山腹よりに近づき、ドーモンその他の砲台跡を見物させる。 もう朝夕は霜がおりて末枯れかかったとある叢の中に、夕陽を斜にうけて、金の輪でも落ちているように光るものがあった。そばへよって見・・・ 宮本百合子 「金色の口」
出典:青空文庫