・・・ポンドと池との実用的効果はほぼ同じでも詩的象徴としての内容は全然別物である。「秋風」でも西洋で秋季に吹く風とは気象学的にもちがう。その上に「てには」というものは翻訳できないものである。しかし外人の俳句観にもたしかに参考になることはある。翻訳・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 前に述べたように俳句というものの成立の基礎条件になるものが日本人固有の自然観の特異性であるとすると、俳句の精神というのも畢竟はこの特異な自然観の詩的表現以外の何物でもあり得ないかと思われて来る。 日本人の自然観は同時にまた日本人の・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・それがために物語はいっそう古雅な詩的な興趣を帯びている。 日本に武士道があるように、北欧の乱世にはやはりそれなりの武士道があった。名誉や信仰の前に生命を塵埃のように軽んじたのはどこでも同じであったと見える。女にも烈婦があった。そしてどこ・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・彼は彼自身のもっている唯一の詩的興趣を披瀝するように言った。「もっと暑くなると、この草が長く伸びましょう。その中に寝転んで、草の間から月を見ていると、それあいい気持ですぜ」 私は何かしら寂しい物足りなさを感じながら、何か詩歌の話でも・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・しかしながら一刹那でも人類の歴史がこの詩的高調、このエクスタシーの刹那に達するを得ば、長い長い旅の辛苦も償われて余あるではないか。その時節は必ず来る、着々として来つつある。我らの衷心が然囁くのだ。しかしながらその愉快は必ずや我らが汗もて血も・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・かくの如く都会における家庭の幽雅なる方面、町中の住いの詩的情趣を、専ら便所とその周囲の情景に仰いだのは実際日本ばかりであろう。西洋の家庭には何処に便所があるか決して分らぬようにしてある。習慣と道徳とを無視する如何に狂激なる仏蘭西の画家といえ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・かの写生文を標榜する人々といえども単にわが特色を冥々裡に識別すると云うまでで、明かに指摘したものは今日に至るまで見当らぬようである。虚子、四方太の諸君は折々この点に向って肯綮にあたる議論をされるようであるが、余の見るところではやはり物足らぬ・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・そこでこの煮つめたところ、煎じつめたところが沙翁の詩的なところで、読者に電光の機鋒をちらっと見せるところかと思います。これは時間の上の話であります。長い時間の状態を一時に示す詩的な作用であります。 ところで沙翁には今一つの特色があります・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ところでこの真なるものも、いわゆる分化作用で、いろいろの種類と程度を有しているには相違ない、英仏独露の諸書を猟渉したらばその変形のおもなものを指摘する事はできる事になりましょう。私はそれに対してけっして不平を云うつもりではありません。前に云・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・一方より見れば、生れて何らの人生の罪悪にも汚れず、何らの人生の悲哀をも知らず、ただ日々嬉戯して、最後に父母の膝を枕として死んでいったと思えば、非常に美くしい感じがする、花束を散らしたような詩的一生であったとも思われる。たとえ多くの人に記憶せ・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
出典:青空文庫