・・・ 三鷹駅から省線で東京駅迄行き、それから市電に乗換え、その若い記者に案内されて、先ず本社に立寄り、応接間に通されて、そうして早速ウイスキイの饗応にあずかりました。 思うに、太宰はあれは小心者だから、ウイスキイでも飲ませて少し元気をつ・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・ 千住大橋でおりて水天宮行の市電に乗った。乗客の人種が自分のいつも乗る市電の乗客と全くちがうのに気がついて少し驚いた。おはぐろのような臭気が車内にみなぎっていたが出所は分からない。乗客の全部の顔が狸や猿のように見えた。毛孔の底に煤と土が・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・ 九 東京市電気局の争議で電車が一時は全部止まるかと思ったら、臨時従業員の手でどうにか運転を続けていた。この予期しなかった出来事は、見方によっては、東京市民一般に関するいろいろな根本問題を研究するために必要あるい・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・東京の市電よりのろいくらいの速度で蛇のようにうねった線路を汽笛の代りにチャン/\/\と絶えずベルを鳴らして進むのである。ポンチ絵のクラインバーンにはきっと豚や家鶏が鉄路の上に遊んでいるように描いてある、その通りである。ゲハイムラート以下皆往・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・然ればわれ何ぞ史伝の階段を極め昇るに及ばんや。荒廃のいとも気高き眺めの中には、美しき昔のさまの影もあはれや、遊楽後を絶ちて唯だ変りなきその池水のみ、昔の秩序と静寧の中に息ひたるこそ嬉しけれ。という句がある。・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・「今市電が立ちかけてるのよ、残念だわ」 留置場の入口が開く毎に、立ってそっちの方を見た。「きっと職場でも引っこぬきが始ってる」 市電では、一月に広尾の罷業を東交の篠田、山下等に売られてから全線納まらず「非常時」政策に抗して動・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 夜九時すぎから十時の間に、市電や省線にのりこんで来る詰襟の少年たちの心の底に求められているものは、何と云っても自分たちが偶然生れあわせた境遇に抗して、人生の可能を自分たちの現実によりひろげよりゆたかに獲得して行きたい熱望であろうと思う・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・そこは、市電の終点で、空の引かえしが明るく車内に電燈を点して一二台留っていた。立ち話をしている黒外套の従業員の前や後を、郊外電車から吐き出された人々が通る。ひょっと、その群集の中に、はる子は千鶴子らしい若い女を認めた。こちらからはる子が進ん・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・○国鉄と麻布三連隊の兵士 赤坂一レンタイと市電労働者の共同懇談会が持たれた。○青年印刷工 六十九銭ぐらい。 一人の仲間は、「活字中の漢字という漢字を知って居り」その人を先にたてて皆のあつまる会をつくり、会の金を出すためにその・・・ 宮本百合子 「大衆闘争についてのノート」
◎大衆の中における各組織活動の未熟さ。 日 緑と赤の「子供の家」に 「市電ストライキをオー援しましょう!」 臨時托児所のこと◎雨のふる日 しみじみ砂場がほしい ―――――――――― おやつ・・・ 宮本百合子 「「乳房」創作メモ」
出典:青空文庫