・・・僕も、ちょっと見せてもらったがね。しどろもどろの実写だよ。こんどそれを葉山さんのサロンで公開するんだそうだ。所謂、お友達、を集めてね。ところが、その愚劣な映画の弁士を勤めて、お客の御機嫌を取り結ぶのが、僕の役目なんだそうだ。」「それあい・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・読みかえしてみたら、甚だわけのわからぬことが書かれてある。しどろもどろの、朝令暮改。こんなものでいいのかしら。何か気のきいた言葉でもって結びたいのだが、少し考えさせて下さい。 いよいよだめだ。これでおしまいだ。おゆるし下さい。私は小・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・事も出来るのであるが、マッチの軸木一本お上げしたわけでもなく、ただ自分の吸いかけの煙草の火を相手の人の煙草に移すという、まことに何でもない事実に対して、叮嚀にお礼を言われると、私は会釈の仕方に窮して、しどろもどろになってしまうのである。私は・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・などと真正面から要求せられると、てれて、しどろもどろになるたちなので、その時にも、「立派な言葉」を一つも送る事が出来ず、すこぶる微温的な返辞ばかり書いて出していた。 からだが丈夫になってから、三田君は、三田君の下宿のちかくの、山岸さんの・・・ 太宰治 「散華」
・・・私のこんな時の挨拶は甚だまずい。しどろもどろになるのである。「君は?」「戦災というやつだ。念いりに二度だ。」「そう。」 向うも赤面し、私も赤面し、まごついて、それから、とにかく握手した。 慶四郎君は、私と小学校が同クラス・・・ 太宰治 「雀」
・・・神の審判の台に立つ迄も無く、私は、つねに、しどろもどろだ。告白する。私は、やっぱり袴をはきたかったのである。大演説なぞと、いきり立ち、天地もゆらぐ程の空想に、ひとりで胸を轟かせ、はっと醒めては自身の虫けらを知り、頸をちぢめて消えも入りたく思・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・「言いすぎかも知れないけれど、君の言葉はひどくしどろもどろの感じです。どうかしたのですか? ――なんだか、君たちは芸術家の伝記だけを知っていて、芸術家の仕事をまるっきり知っていないような気がします」「それは非難ですか? それともあな・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・と決意して、まず女房を一つ殴って家を飛び出し、満々たる自信を以て郷試に応じたが、如何にせん永い貧乏暮しのために腹中に力無く、しどろもどろの答案しか書けなかったので、見事に落第。とぼとぼと、また故郷のあばら屋に帰る途中の、悲しさは比類が無い。・・・ 太宰治 「竹青」
・・・謂わば、ろれつが廻らない程に熱狂的である。しどろもどろである。訳文の古拙なせいばかりでも無いと思う。「わが誇るは益なしと雖も止むを得ざるなり、茲に主の顕示と黙示とに及ばん。我はキリストにある一人の人を知る。この人、十四年前に第三の天にま・・・ 太宰治 「パウロの混乱」
・・・やっぱり、しどろもどろになってしまった。「そうか。」父には勿論、その嘘がわかっていた。けれども節子の懸命な声に負けた。「わるい奴だ。」と誰にともなく言って、また食事をつづけた。節子は泣いた。母も、うなだれていた。 節子には、兄の生活・・・ 太宰治 「花火」
出典:青空文庫