・・・纏足をした足だから、細さは漸く三寸あまりしかない。しなやかにまがった指の先には、うす白い爪が柔らかく肉の色を隔てている。小二の心にはその足を見た時の記憶が夢の中で食われた蚤のように、ぼんやり遠い悲しさを運んで来た。もう一度あの足にさわる事が・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・けれどもその足は色の白いばかりか、しなやかに指を反らせている。殊にあの時の笑い声は――彼は小首を傾けた三重子の笑い声を思い出した。 二時四十分。 二時四十五分。 三時。 三時五分。 三時十分になった時である。中村は春のオ・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・夢の中にも、腰に置いた手の、指から肩に至るしなやかさが眼についた。クララの父親は期待をもった微笑を頬に浮べて、品よくひかえ目にしているこの青年を、もっと大胆に振舞えと、励ますように見えた。パオロは思い入ったようにクララに近づいて来た。そして・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・そこで燕は得たりとできるだけしなやかな飛びぶりをしてその窓の前を二、三べんあちらこちらに飛びますと、画家はやにわに面をあげて、「この寒いのに燕が来た」 と言うや否や窓を開いて首をつき出しながら燕の飛び方に見ほれています。燕は得たりか・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・令夫人は、駒下駄で圧えても転げるから、褄をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺り、歯を剥いて刎ねるから、憎らしい……と足袋もとって、雪を錬りものにしたような素足で、裳をしなやかに、毬栗を挟んでも、ただすんなりとして、露に褄・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・太刀、斧、弓矢に似もつかず、手足のこなしは、しなやかなものである。 従七位が、首を廻いて、笏を振って、臀を廻いた。 二本の幟はたはたと飜り、虚空を落す天狗風。 蜘蛛の囲の虫晃々と輝いて、鏘然、珠玉の響あり。「幾干金ですか。」・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・と、少しあれたが、しなやかな白い指を、縞目の崩れた昼夜帯へ挟んだのに、さみしい財布がうこん色に、撥袋とも見えず挟って、腰帯ばかりが紅であった。「姉さんの言い値ほどは、お手間を上げます。あの松原は松露があると、宿で聞いて、……客はたて込む、女・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・そこに、つい目の前に、しなやかな婦が立った。何、……紡績らしい絣の一枚着に、めりんす友染と、繻子の幅狭な帯をお太鼓に、上から紐でしめて、褪せた桃色の襷掛け……などと言うより、腕露呈に、肱を一杯に張って、片脇に盥を抱えた……と言う方が早い。洗・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ と黄色い更紗の卓子掛を、しなやかな指で弾いて、「何とも譬えようがありません。ただ一分間、一口含みまして、二三度、口中を漱ぎますと、歯磨楊枝を持ちまして、ものの三十分使いまするより、遥かに快くなるのであります。口中には限りません。精・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・これまでにも可愛らしいと思わぬことはなかったが、今日はしみじみとその美しさが身にしみた。しなやかに光沢のある鬢の毛につつまれた耳たぼ、豊かな頬の白く鮮かな、顎のくくしめの愛らしさ、頸のあたり如何にも清げなる、藤色の半襟や花染の襷や、それらが・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
出典:青空文庫