・・・一体この男には、篠田と云う同窓の友がありまして、いつでもその口から、足下もし折があって北陸道を漫遊したら、泊から訳はない、小川の温泉へ行って、柏屋と云うのに泊ってみろ、於雪と云って、根津や、鶯谷では見られない、田舎には珍らしい、佳い女が居る・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・足痕をつけて行きゃア、篠田の森ア、直ぐと突止めまさあ。去年中から、へーえ、お庭の崖に居たんでげすか。」 清五郎の云う通り、足痕は庭から崖を下り、松の根元で消えて居る事を発見した。父を初め、一同、「しめた」と覚えず勝利の声を上げる。田崎と・・・ 永井荷風 「狐」
・・・その夜唖々子が運出した『通鑑綱目』五十幾巻は、わたしも共に手伝って、富士見町の大通から左へと一番町へ曲る角から二、三軒目に、篠田という軒燈を出した質屋の店先へかつぎ込まれた。 わたしがこの質屋の顧客となった来歴は家へ出入する車屋の女房に・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・ 市電では、一月に広尾の罷業を東交の篠田、山下等に売られてから全線納まらず「非常時」政策に抗して動揺しているのであった。 果して、昼ごろ髪をきっちり分けた車掌服の若い男が二人入って来た。一人が看守に住所姓名を云っている間に、他の一人・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 自由党の委員篠田が、問題の「ナデーエッツァ」という言葉にからんで、この言葉を要請と訳すことは、ロシア語としてできませんかと質問したとき、菅氏の答えた答えこそ、彼の悲劇の本質を示しています。菅氏は通訳として、その限度の中での証人として、・・・ 宮本百合子 「若き僚友に」
出典:青空文庫