・・・そこでも市民たちは、やはりみんなの間からいくたりかの議政官というものを選んで、その人たちにすべての支配を任せていました。或とき、その議政官の一人にディオニシアスという大層な腕ききがいました。 ディオニシアスは、もとはずっと下級の役に使わ・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・ そのおでんやを出て、また、別のところへ行き、私たちは、その夜おそくまで、奉祝の上機嫌な市民の中を、もまれて歩いた。提燈行列の火の波が、幾組も幾組も、私たちの目の前を、ゆらゆら通過した。兄は、ついに、群集と共にバンザイを叫んだ。あんなに・・・ 太宰治 「一燈」
・・・私が少しでも、あなたに関心を持っているとしたら、それはあなたの特異な職業に対してであります。市民を嘲って芸術を売って、そうして、市民と同じ生活をしているというのは、なんだか私には、不思議な生物のように思われ、私はそれを探求してみたかったとい・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 手招きを受けたる童子 いそいそと壇にのぼりつ「書きたくないことだけを、しのんで書き、困難と思われたる形式だけを、えらんで創り、デパートの紙包さげてぞろぞろ路ゆく小市民のモラルの一切を否定し、十九歳の春、・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ 私は、矮小無力の市民である。まずしい慰問袋を作り、妻にそれを持たせて郵便局に行かせる。戦線から、ていねいな受取通知が来る。私はそれを読み、顔から火の発する思いである。恥ずかしさ。文字のとおりに「恐縮」である。私には、何もできぬのだ。私・・・ 太宰治 「鴎」
・・・東京市民を驚かせるような強震が二日に一度三日に一度ずつ襲って来るとしたらどうであろうか、市内の家屋構造は一変してしまい、地震研究所の官制は廃止になるであろう。 映画の世界では実際に、ある度までは、この時間の尺度が自由に変更されうるのは周・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
旧臘押し詰まっての白木屋の火事は日本の火災史にちょっと類例のない新記録を残した。犠牲は大きかったがこの災厄が東京市民に与えた教訓もまたはなはだ貴重なものである。しかしせっかくの教訓も肝心な市民の耳に入らず、また心にしみなけ・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ 昔の日本人は前後左右に気を配る以外にはわずかにとんびに油揚をさらわれない用心だけしていればよかったが、昭和七年の東京市民は米露の爆撃機に襲われたときにいかなる処置をとるべきかを真剣に講究しなければならないことになってしまった。襲撃者は・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ 昔の日本人は前後左右に気を配る以外にはわずかに鳶に油揚を攫われない用心だけしていればよかったが、昭和七年の東京市民は米露の爆撃機に襲われたときに如何なる処置をとるべきかを真剣に講究しなければならないことになってしまった。襲撃者は鳶以上・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ どんな勤倹な四民も年に一度のお花見には特定の「濫費デー」を設けた。ある地方の倹約な商家では平日雇人のみならず主人達も粗食をしていて、時々「贅沢デー」を設けて御馳走を食ったという話もある。もっともこれは全く算盤から割り出した方法だそうで・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫