・・・ばあや、ばあやと呼ばれる婆さんも――恐らく送りに来ている女の母親なのだろうが、その若い女の方も、殆ど絶えず喋る癖に、互にまるで上の空のようであった。反射的にひょいひょいいろいろ云う。ちっとも語調に真情がない、―― 軈て発車した。 私・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・自分が飼ったら、注意深く放任して、決していやにこまちゃくれた芸は仕込むまいと云う私の持論を喋ることもあった。人間が人間らしくないのは辛いように、犬も犬でなくなるのは悲しかろう。私は、下町の心に自然な暢やかさがない者達が、いじらしい程怜悧な犬・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・それが、どうして、私共の喋る言葉のいなのか。大切な、間違えてはいけない字だと、凝っと見れば見る程不可解な、まごつく、奇怪な二本の棒になって来る。而も、私がこんなものさえ上手に書けなくては、学校へなど到底行けないとおっしゃったではないか。ああ・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・子供たちは、いつも随分長い間、立って見ているのだったが、職人同士がその間に喋るのを見たことがなかった。職人はみんないそがしそうだった。体のふりかた、道具をひっくりかえす威勢のいい敏捷な音、どれもが、こげるぞ、どっこい。こがすな、どっこい。と・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・フランス語を喋るロシア人は「農民の芸術に対する野蛮性」をテンからきめてかかっていた。 十月革命は、社会制度の根本的な建て直しとともに、文学をロシアの労農大衆にとってこれまでとまるで違う関係においた。それにも拘らず、農村で文化活動に従事し・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ビルの昼の休みの洗面所の鏡の前に若い女事務員たちが並んで、顔をいじりながら喋る時の独得の調子で、盛んに喋っているのも面白い。 ベルリンで或る洒落た小物屋の店へ入って、むこうにも面白いハンド・バッグの並んだショウ・ケイスがあるからそちらへ・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・ 静かにしんみりと話すことは少くても、笑うか、喋るか、歌うか、動くか致します。 其は勿論活動的であり、積極的であるからでもございましょう。がその一つの原因は、絶間ない刺戟に彼女等の神経が追い立てられて居るのでございます。 うなり・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・失われた笑いと大声で遠慮なく喋ることと、人前に立って遠慮なく振舞う自由さを若者らしい陽気な演芸会が振りまき始めている。自分をどういう形にして、正直に表現して行くという大切な人間らしい習慣は、特に日本では重大に考えられなければならない。中学生・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・聞いて居る間に涙が出たが 後でYに話してきかそうとし、自分は終りまで一気に喋ることが出来なかった。 二十五日 十日ばかり経つがこの話から承けた感銘が消えぬ。心が心を撲つ力は「尤な理論」にだけはない。それを生きる、生きかた真情の総・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・彼等としては、普通に国で女の子と喋る時のように喋っているつもりであろうけれども、その栄養のよい体の楽々とした吊皮への下りようや、何か云っては娘の顔を覗く工合が、周囲の疲労し空腹な男女の群の中にあって、どうしても、独得な雰囲気をなしているので・・・ 宮本百合子 「その源」
出典:青空文庫