・・・そして栄華の昔には洒落半分の理想であった芸に身を助けられる哀れな境遇に落ちたのであろう。その昔、芝居茶屋の混雑、お浚いの座敷の緋毛氈、祭礼の万燈花笠に酔ったその眼は永久に光を失ったばかりに、かえって浅間しい電車や電線や薄ッぺらな西洋づくりを・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・「何だか洒落か真面目か分らなくなって来たぜ」「まるで御話にも何もなりゃしない。ところで近頃僕の家の近辺で野良犬が遠吠をやり出したんだ。……」「犬の遠吠と婆さんとは何か関係があるのかい。僕には聯想さえ浮ばんが」と津田君はいかに得意・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ただ好い加減に頭の悪い事を低気圧と洒落ているんだろうぐらいに解釈していたが、後から聞けば実際の低気圧の事で、いやしくも低気圧の去らないうちは、君の頭は始終懊悩を離れないんだという事が分った。当時余も君の向うを張って来客謝絶の看板を懸けていた・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・談笑洒落・進退自由にして縦横憚る所なきが如くなれども、その間に一点の汚痕を留めず、余裕綽々然として人の情を痛ましむることなし。けだし潔清無垢の極はかえって無量の寛大となり、浮世の百汚穢を容れて妨げなきものならんのみ。これを、かの世間の醜行男・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・もの共に浮気の性質にて、末の松山浪越さじとの誓文も悉皆鼻の端の嘘言一時の戯ならんとせんに、末に至って外に仔細もなけれども、只親仁の不承知より手に手を執って淵川に身を沈むるという段に至り、是ではどうやら洒落に命を棄て見る如く聞えて話の条理わか・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・永遠の洒落者め。君はまだホラチウスの書なぞを読んで世を嘲っているのかい。僕が物に感じるのを見て、君は同じように感じると見せて好くも僕を欺したな。君はあの時何といった。実にこの胸に眠っているものを、夜吹く風が遠い便を持って来るようにお蔭で感じ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・併し火葬のように無くなってもしまわず、土葬や水葬のように窮屈な深い処へ沈められるでもなし、頭から着物を沢山被っている位な積りになって人類学の参考室の壁にもたれているなども洒落ているかもしれぬ。其外に今一種のミイラというのはよく山の中の洞穴の・・・ 正岡子規 「死後」
・・・時にきょうの飾りはひどく洒落ていますな。この朝日は探幽ですか。炭取りに枯枝を生けたのですか。いずれまた参りましょう。おい車屋、今度は猿楽町だ。」「や、お目出とう御座います。留守ですか。そうですか。なるほどこういう内ですか。」「まアあんさ・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・このとき山の象どもは、沙羅樹の下のくらがりで、碁などをやっていたのだが、額をあつめてこれを見た。「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出てきて助けてくれ。」 象は一せいに立ちあがり、まっ黒になって吠えだした。「オツベルをやっつ・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・「蝦姑にするたあ洒落くせえ!」「でも、本当に、海老なかったのかしら」 小さい声で、思い出したようにふき子がいったので陽子は体をゆすって笑い出した。 彼等は昨夜、二時過ぎまで起きて騒いでいた。十時過ぎ目をさますと、ふき子は、・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
出典:青空文庫