・・・と艫で爺さまがいわっしゃるとの、馬鹿いわっしゃい、ほんとうに寒気がするだッて、千太は天窓から褞袍被ってころげた達磨よ。 ホイ、ア、ホイ、と浪の中で、幽に呼ばる声がするだね。 どこからだか分ンねえ、近いようにも聞えれば、遠いようにも聞・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・さて、あれで見れば、石段を上らしゃるが、いこう大儀そうにあった、若いにの。……和郎たち、空を飛ぶ心得があろうものを。」「神職様、おおせでっしゅ。――自動車に轢かれたほど、身体に怪我はあるでしゅが、梅雨空を泳ぐなら、鳶烏に負けんでしゅ。お・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 無意識に今掴んだのは、ちょうど折曲げた真白の肱の、鍵形に曲った処だったので、「しゃっちこばッたな、こいつあ日なしだ。」 とそのまま乱暴に引上げようとすると、少しく水を放れたのが、柔かに伸びそうな手答があった。「どッこい。」・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・とか、「またいらっしゃい」とか、そういうことを専門に教えてくれろと言うのであった。僕は好ましくなかったが、仕事のあいまに教えてやるのも面白いと思って、会話の目録を作らして、そのうちを少しずつと、二人がほかで習って来るナショナル読本の一と二と・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・と おっしゃいました。 二郎さんは じぶんも、にいさんの しゃせいに いって いる、ぼくじょうへ いって みようかと おもって いると、おばさんが、きみ子さんを つれて、おいでに なりました。 きみ子さんは、すぐ おにわへ でて・・・ 小川未明 「つめたい メロン」
・・・退屈でっしゃろ。ちと遊びに来とくなはれ」 してみると、昨夜の咳ばらいはこの男だったのかと、私はにわかに居たたまれぬ気がして、早々に湯を出てしまった。そして、お先きにと、湯殿の戸をあけた途端、化物のように背の高い女が脱衣場で着物を脱ぎなが・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・住所を控えると、「――ぜひ来とくれやっしゃ。あんさんは第一番に来て貰わんことには……」 雑誌のことには触れなかったが、雑誌で激励された礼をしたいという意味らしかった。 二つとも私自身想いだすのもいやな文章だったが、ひょんなところ・・・ 織田作之助 「神経」
・・・途端にボックスで両側から男の肩に手を掛けていた二人の女が、「いらっしゃい」と起ち上ったが、その顔には見覚えはなく、また内部の容子が「ダイス」とはまるで違っている。あ、間違って入ったのかと、私はあわてて扉の外へ出ると、その隣の赤い灯が映ってい・・・ 織田作之助 「世相」
・・・しかし、何故、彼等ばかりが進んでパルチザンをやっつけに出しゃばらなければならないのだろう! そして、女はメリケン兵に取られてしまわなければならないのだ! そうして、ロシア人から憎悪と怨恨を受けるのは彼等ばかりだ。彼は、アメリカ兵が忌々しく、・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ケイズと申しますと、私が江戸訛りを言うものとお思いになる方もありましょうが、今は皆様カイズカイズとおっしゃいますが、カイズは訛りで、ケイズが本当です。系図を言えば鯛の中、というので、系図鯛を略してケイズという黒い鯛で、あの恵比寿様が抱いてい・・・ 幸田露伴 「幻談」
出典:青空文庫