・・・何の関係もない色々の工場で製造された種々の物品がさまざまの道を通ってある家の紙屑籠で一度集合した後に、また他の家から来た屑と混合して製紙場の槽から流れ出すまでの径路に、どれほどの複雑な世相が纏綿していたか、こう一枚の浅草紙になってしまった今・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・もしこの漆黒の髪がなかったら浮世絵の顔の線などは無意味な線の断片の集合に堕落してしまって画面全体に対する存在理由の希薄なものになってしまいそうである。 頭髪の輪郭をなしているいろいろの曲線がまた非常に重要な役目をしている。歌麿以前の名家・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・単純な感覚の集合から経験と知識が構成されて行く道筋はおそらく人間の赤子の場合と似たものではあるまいかと思われた。そしてその進歩が人間に比べて驚くべく急速である事も拒み難い。このように知能の漸近線の近い動物のほうが、それの遠い人間に比べてそれ・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・これは云うまでもなく、橋が多くの交通路の集合点であって一種の関門となっているからである。従ってあらゆる街路よりも交通の流れの密度が大きいからのことである。 この第二の意味における「橋の袂」のようなものもまた個人の生活や人類の歴史の上に沢・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・音の性質から考えればこれは雑音の不規則な集合で、音楽的の価値などは無論無いものである。しかしあるいはこれは聴感に対する音楽に対立させうべき触感あるいは筋肉感に関する楽音のようなものではあるまいか。音自身よりはむしろ音から連想する触感に一種の・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ ある役所で地方技術官の集合があって、その第何日目かに大臣が出席して演説する予定になっていたところ、当日さしつかえができて大臣は欠席した。しかしその日の夕刊を見ると大臣がちゃんと出席して滔々と演説をしたことになっていた。 ある若い学・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・その自由意志が秋毫も宇宙線に影響されないとは保証できないような気がする。 以上は言わばたわいもない春宵の空想に過ぎないのであるが、しかし、ともかくもわれわれが金城鉄壁と頼みにしている頭蓋骨を日常不断に貫通する弾丸があって、しかもほんの近・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・そして自分は比較する気もなく、不体裁なる洋服を着た貴族院議員が日比谷の議場に集合する光景に思い至らねばならぬ。 これにつけてもわれわれはかのアングロサキソン人種が齎した散文的実利的な文明に基いて、没趣味なる薩長人の経営した明治の新時代に・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・行とか持続とか評するよりほかに致し方のない者である以上、この活力が外界の刺戟に対してどう反応するかという点を細かに観察すればそれで吾人人類の生活状態もほぼ了解ができるような訳で、その生活状態の多人数の集合して過去から今日に及んだものがいわゆ・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・果して日本の画家があの位の刺激に挑撥されて人工的に向上したとすれば、彼らは文部省の御蔭で腕が上がると同時に、同じく文部省の御蔭で頭が下がったので、一方からいうと気の毒なほど不見識な集合体だと評しなければならない。 余が某氏の言に疑を挟む・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
出典:青空文庫