・・・ 下人は、守宮のように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。そうして体を出来るだけ、平にしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内を覗いて見た。 見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・――舌も引かぬに、天井から、青い光がさし、その百姓屋の壁を抜いて、散りかかる柳の刃がキラリと座のものの目に輝いた時、色男の顔から血しぶきが立って、そぎ落された低い鼻が、守宮のように、畳でピチピチと刎ねた事さえある。 いま現に、町や村で、・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・これはね大工が家を造る時に、誤って守宮の胴の中へ打込んだものじゃ、それから難破した船の古釘、ここにあるのは女の抜髪、蜥蜴の尾の切れた、ぴちぴち動いてるのを見なくちゃ可と差附けられました時は、ものも言われません。どうして私が知っておりまし・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 敵の首級を獲ることを「しるしをあげる」と言う。「しるし」が頭のことだとすると、これは梵語の siras、sirshamに似ている。 八頭の大蛇を「ヤマタノオロチ」という。この「マタ」が頭を意味するとすると、これはベンガリ語の mt・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・一は改進の党なり、一は守旧の党なり。余輩ここに上下の字を用ゆといえども、敢てその人の品行を評してこれを上下するに非ず。改進家流にも賤しむべき者あらん、守旧家流にも貴ぶべき人物あらん。これを評論するは本編の旨に非ず。ただ、国勢変革の前後をもっ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・(余輩もとより市学校に入らざる者を見て悉皆これを門閥守旧の人というに非ず。近来は市校の他に学校も多ければ、子弟のために適当の場所を選ぶは全く父母の心に存することにして、これがため、敢てその人物を軽重下等士族の輩が上士に対して不平を抱く由縁は・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫