・・・しかし芸術は民衆の中に必ず種子を残している。わたしは大正十二年に「たとい玉は砕けても、瓦は砕けない」と云うことを書いた。この確信は今日でも未だに少しも揺がずにいる。 又 打ち下ろすハンマアのリズムを聞け。あのリズムの存す・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・仁右衛門は農場に帰るとすぐ逞しい一頭の馬と、プラオと、ハーローと、必要な種子を買い調えた。彼れは毎日毎日小屋の前に仁王立になって、五カ月間積り重なった雪の解けたために膿み放題に膿んだ畑から、恵深い日の光に照らされて水蒸気の濛々と立上る様を待・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・一つの種子の生命は土壌と肥料その他唯物的の援助がなければ、一つの植物に成育することができないけれども、そうだからといって、その種子の生命は、それが置かれた環境より価値的に見て劣ったものだということができないのと同じことだ。 しかるに空想・・・ 有島武郎 「想片」
・・・殊に蜜柑と樽柿が好物で、見る間に皮や種子を山のように積上げ、「死骸を見るとさも沢山喰ったらしくて体裁が宜くない、」などと云い云い普通の人が一つ二つを喰う間に五つも六つもペロペロと平らげた。 が、贅沢は食物だけであって、衣服や道具には極め・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 風説は風説を生じ、弁明は弁明を産み、数日間の新聞はこの噂の筆を絶たなかったが、いくばくもなく風説の女主人公たる貴夫人の夫君が一足飛びの栄職に就いたのが復たもや疑問の種子となって、喧々囂々の批評が更に新らしく繰返された。 が、風説は・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・やがて、包みが解かれると、中から、数種の草花の種子が出てきたのであります。 その草花の種子は、南アメリカから、送られてきたのでした。「きっと、美しい花が咲くにちがいない。」と、みんなは、たのしみにして、それを黒い素焼きの鉢に、別々にして・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・こうして、鳥にたべられて、その鳥が、遠方に飛んでいって、ふんをすると種子が、その中にはいっていて、芽を出すこともあるのです。そして、その芽が大きく伸びて、一本の木となった時分には、その木の親木は、もう、枯れていることもあります。またじょうぶ・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・あの堅い土の下にくぐっている時分には、同じような種子はいくつもあった。そして、暗い土の中で、みんなはいろいろのことを語り合ったものだ。「早く、明るい世の中へ出たいのだが、みんながいっしょに出られるだろうか。」と、一つの種子がいうと、・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・あの種子はどうしたのだろうね。」 二郎さんは日の光に、銀色にかがやいているゆりを見ていいました。「お父さんが、田舎から、持っていらしたのだ。」と、太郎さんが教えました。「山へいくとたくさん咲いているのだろうね。田舎へいってみたい・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・この種の読物こそ、階級闘争の種子を蒔き、その激化を将来に誘発する因となるものです。 すべて、人間は、良心ある生活を送らなければならぬ。そして正直に生きなければならぬ。また、愛し扶け合わなければならぬし、正義のためには自己を犠牲にして戦わ・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
出典:青空文庫