・・・おりから町の子供相手の紙芝居に出かける支度中の長藤君は古谷氏の話を聞いて狂喜しさっそくこの旨を既報“人生紙芝居”のワキ役、済生会大阪府支部主事田所勝弥氏、東成禁酒会宣伝隊長谷口直太郎氏に報告、一同打ち揃って前記古谷氏宅に秋山君を訪れ、ここに・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・鳩は麦の種子を食う。金肥えの鰊粕を食う。鳩を追う。が、人がいなくなると、鳩はまたやって来る。「くそッ!」 米吉は、とうとうカンシャク玉を破裂さした、生活の糧まで食われるという法はなかった。古い猟銃を持ち出して、散弾をこめた。引鉄を握・・・ 黒島伝治 「名勝地帯」
・・・ その四 ちょうどその日は樽の代り目で、前の樽の口のと異った品ではあるが、同じ価の、同じ土地で出来た、しかも質は少し佳い位のものであるという酒店の挨拶を聞いて、もしや叱責の種子にはなるまいかと鬼胎を抱くこと大方ならず、か・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・けれども、一粒の種子は、確実に残して置きたい。こんな男もいたという事を、はっきり書いて残して置きたい。 君は、だらしが無い。旅行をなさるそうですが、それもよかろう。君に今、一ばん欠けているものは、学問でもなければお金でもない。勇気です。・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ その、ヒッポの子、ネロが三歳の春を迎えて、ブラゼンバートは石榴を種子ごと食って、激烈の腹痛に襲われ、呻吟転輾の果死亡した。アグリパイナは折しも朝の入浴中なりしを、その死の確報に接し、ものも言わずに浴場から躍り出て、濡れた裸体に白布一枚・・・ 太宰治 「古典風」
・・・その父が東京のドイツ語学校の主事として栄転して来たのは、夫人の十七歳の春であった。間もなく、世話する人があって、新帰朝の仙之助氏と結婚した。一男一女をもうけた。勝治と、節子である。その事件のおこった時は、勝治二十三歳、節子十九歳の盛夏である・・・ 太宰治 「花火」
・・・そうでない場合でも、何かしら考える事の種子くらいにはならない事はあるまい。 余談はさておき、この書物の一章にアインシュタインの教育に関する意見を紹介論評したものがある。これは多くの人に色々な意味で色々な向きの興味があると思われるから、そ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ 採集した綿の中に包まれている種子を取り除く時に、「みくり」と称する器械にかける。これは言わば簡単なローラーであって、二つの反対に回る樫材の円筒の間隙に棉実を食い込ませると、綿の繊維の部分が食い込まれ食い取られて向こう側へ落ち、堅くてロ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・一粒の草花の種子が発芽してから満開するまでの変化を数分の間に完了させることもできる一方では、また、弾丸が銃口を出て行く瞬間にこれに随伴する煙の渦環や音波の影の推移をゆるゆると見物することもできる。眠っているように思っている植物が怪獣のごとく・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ 植物の果実のことだけを詳しく取り扱ったいわゆるカルポロジーの本を読んだときに、乾燥すると子房がはじけて種子をはじき飛ばすものの特例の一つとして Impatiens noli-tangere というものが引き合いに出ていた。インパチェン・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
出典:青空文庫