・・・ すむもすまねえもあるものか! 酒保の酒を一合買うのでも、敬礼だけでは売りはしめえ。」 田口一等卒は口を噤んだ。それは酒気さえ帯びていれば、皮肉な事ばかり並べたがる、相手の癖に慣れているからだった。しかし堀尾一等卒は、執拗にまだ話し続け・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 六 松木は、酒保から、餡パン、砂糖、パインアップル、煙草などを買って来た。 晩におそくなって、彼は、それを新聞紙に包んで丘を登った。石のように固く凍てついている雪は、靴にかちかち鳴った。空気は鼻を切りそうだ。彼は丘・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・重い脚を引きずって、銃や背嚢を持って終日歩き、ついに、兵站部の酒保の二階――たしかそうだったと思っている――で脚気衝心で死ぬ。そういうことが書いてある。こゝでは、戦争に対する嫌悪、恐怖、軍隊生活が個人を束縛し、ひどく残酷なものである、という・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ 右を見ると、よく酒保の酒をおごって呉れた上等兵が毛布の下に脚を立て、歯を喰いしばりじっと天井を見つめていた。その歯の隙間から唸る声が漏れていた。看護長の苦々しげな笑いに気がつく余裕さえ上等兵には無いようだった。「自分がうるさいから・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・その洋館の入り口には、酒保が今朝から店を開いているからすぐわかる。その奥に入って、寝ておれとのことだ。 渠はもう歩く勇気はなかった。銃と背嚢とを二人から受け取ったが、それを背負うと危く倒れそうになった。眼がぐらぐらする。胸がむかつく。脚・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫