・・・ しのびで、裏町の軒へ寄ると、破屋を包む霧寒く、松韻颯々として、白衣の巫女が口ずさんだ。「ほのぼのと……」 太守は門口を衝と引いた。「これよ。」「ははッ。」「巫女に謝儀をとらせい。……あの輩の教化は、士分にまで及ぶであろうか・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・さて今回本紙に左の題材にて貴下の御寄稿をお願い致したく御多忙中恐縮ながら左記条項お含みの上何卒御承引のほどお願い申上げます。一、締切は十二月十五日。一、分量は、四百字詰原稿十枚。一、題材は、春の幽霊について、コント。寸志、一枚八円にて何卒。・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ しかし右のようにいえば、愚禿の二字は独り真宗に限った訳でもないようであるが、真宗は特にこの方面に着目した宗教である、愚人、悪人を正因とした宗教である。同じく愛を主とした他力宗であっても、猶太教から出た基督教はなお、正義の観念が強く、い・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・にとって結婚とそれにひきつづいての家庭生活とは一つのものでありながらまた二つのものであって、ある人と結婚してもよいという気持と、在来の家庭の形態の中で女性が強いられて行かなければならないものをそのまま承引しかねる気持とは、若い向上欲のある女・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・e called created things. The things which are made by man are not created things.”とあり、下半頁に、 第一篇。小引。 第一課、眼所能見之物論・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・然し、そうでなく、或る程度までの趣味位に相手の仕事を見ていた者は、ここで、最大の決心をして女性の要求を拒絶しなければならないか、その深い広い愛で、悦んでそれを承引し得るかと云う境に立たなければならなくなって来るのです。斯様な立場では婦人も苦・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 働いている若い女のひとと、働らかないで暮していられる女のひととを並べて、毎日の生活感情に空虚感なんかない筈の理由を説得しようとしても、現実にそれは承引され難い。だが、近頃、若い男女が、反動に対する消極的な反撥のポーズの一つとして、今日・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
・・・客僧は承引して、あすの巳の刻に面会しようと云った。二人は喜び勇んで、文吉を連れて寺へ往く。小川と盗賊方の二人とは跡に続く。さて文吉に合図を教えて客僧に面会して見ると、似も寄らぬ人であった。ようようその場を取り繕って寺を出たが、皆忌々しがる中・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・それを四国の親元で承引しない。そこで親達を説き勧めにF君が安国寺さんを遣ったと云うのである。 私はそれを聞いて、「安国寺さんを縁談の使者に立てたとすると、F君はお大名だな」と云った。無遠慮な Egoist たるF君と、学徳があって世情に・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・北は荒川から南は玉川まで、嘘もない一面の青舞台で、草の楽屋に虫の下方,尾花の招引につれられて寄り来る客は狐か、鹿か、または兎か、野馬ばかり。このようなところにも世の乱れとてぜひもなく、このころ軍があッたと見え、そこここには腐れた、見るも情な・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫