・・・十一 画人椿岳椿岳の画才及び習画の動機 椿岳の実家たる川越の内田家には芸術の血が流れていたと見えて、椿岳の生家にもその本家にも画人があったそうだ。椿岳も児供の時から画才があって、十二、三歳の頃に描いた襖画が今でも川越の家・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 尤も椿岳は富有の商家の旦那であって、画師の名を売る必要はなかったのだ。が、その頃に限らず富が足る時は名を欲するのが古今の金持の通有心理で、売名のためには随分馬鹿げた真似をする。殊に江戸文化の爛熟した幕末の富有の町家は大抵文雅風流を衒っ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ が、鴎外は非麦飯主義で、消化がイイという事は衛養分が少ないという事だという理由から固く米飯説を主張し、米の営養は肉以上だといっていた。 或る時、その頃私は痩せていたので、ドウしたら肥るだろうと訊くと、「それは容易い事だ。毎日一・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・刺子姿の消火夫が忙がしそうに雑沓を縫って往ったり来たりしていた。 泥塗れのビショ濡れになってる夜具包や、古行李や古葛籠、焼焦だらけの畳の狼籍しているをくものもあった。古今の英雄の詩、美人の歌、聖賢の経典、碩儒の大著、人間の貴い脳漿を迸ば・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・九輯となると上中下の三帙を予定し、上帙六冊、中帙七冊、下帙は更に二分して上下両帙の十冊とした。それでもマダ完結とならないので以下は順次に巻数を追うことにした。もし初めからアレだけ巻数を重ねる予定があったなら、一輯五冊と正確に定めて十輯十一輯・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・そのうちに、子供は大きくなったものですから、この村から程近い、町のある商家へ、奉公させられることになったのであります。 子供は、町にいってからも、西の山を見て恋しい母親の姿をながめました。村の人々は、その子供がいなくなってからも、雪が降・・・ 小川未明 「牛女」
・・・と、ひらひらと飛び下りて、さあ、いっしょに歌って遊ぼうよと、二人は学校でおそわった唱歌などを声をそろえて歌ったのであります。そして二人は、べにがにや、美しい貝がらや、白い小石などを拾って、晩方までおもしろく遊んでいました。いつしか夕暮れ方に・・・ 小川未明 「海の少年」
・・・ これは、私にとって、特殊的な場合でありますが、長男は、来年小学校を出るのですが、図画、唱歌、手工、こうしたものは自からも好み、天分も、その方にはあるのですが、何にしても、数学、地理、歴史というような、与えられたる事実を記憶したりする学・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・くまは、かごの格子の目から、大きな体に比較して、ばかに小さく見える頭をば上下に振って、あたりをながめていました。「なるほど、ここは家ばかりしか見えませんね。私は、ここまでくる長い間、どれほど、あなたがたが自由にすめる、いい場所を見てきた・・・ 小川未明 「汽車の中のくまと鶏」
・・・と何やら風呂敷包みを出して、「こりゃうまくはなさそうだけれど、消化がいいてえから、病人に上げて見てくんな」「まあ、何だか知らないが、来るたび頂戴して済まないねえ。じゃ、取り散らかしてあるが二階へ通っておくれか」「そうしよう」 そ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫