・・・これは海の中に自から水の流れる筋がありますから、その筋をたよって舟を潮なりにちゃんと止めまして、お客は将監――つまり舟の頭の方からの第一の室――に向うを向いてしゃんと坐って、そうして釣竿を右と左と八の字のように振込んで、舟首近く、甲板のさき・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・けれども同時にその源が神秘なものでも荘厳なものでもなくなって、第一義真理の魅力を失い、崇拝にも憧憬にも当たらなくなってしまう。四 知識で押して行けば普通道徳が一の方便になるとともに、その根柢に自己の生を愛するという積極的な目・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・でいる一老翁が、自分の庭の池に子供の時分から一匹の山椒魚を飼って置いた、それが六十年余も経って、いまでは立派に一丈以上の大山椒魚になって、時々水面に頭を出すが、その頭の幅だけでも大変なもので、幅三尺、荘厳ですなあ、身のたけ一丈、もっとも、こ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・互いの家系と写真と、それから中に立った山田勇吉君の証言だけにたよって、取りきめられた縁である。何せ北京と、東京である。大隅君だって、いそがしいからだである。見合いだけのために、ちょっと東京へやって来るというわけにも行かなかったようである。き・・・ 太宰治 「佳日」
・・・「やあ、八が岳だ。やつがたけだ。」 うしろの一団から、れいの大きい声が起って、「すげえなあ。」「荘厳ね。」と、その一団の青年、少女、口々に、駒が岳の偉容を賞讃した。 八が岳ではないのである。駒が岳であった。笠井さんは、少・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・あるいは「荘厳」あるいは「盛観」という事を心掛けるより他に仕様がないようである。浜口雄幸氏は、非常に顔の大きい人であった。やはり美男子ではなかった。けれども、盛観であった。荘厳でさえあった。容貌に就いては、ひそかに修養した事もあったであろう・・・ 太宰治 「容貌」
・・・新聞記事によると、B猫が不良で夜遊び昼遊びをして困るという飼主夫人の証言。これだけである。このいずれも当面の問題に対しては実に貧弱なデータで、これだけからなんらの確からしい結論も導き出せないことは科学者を待たずとも明白なことである。しかし、・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・敵の証言が味方のそれよりもかえって当人の美点を如実に宣明することもしばしばあるのである。 ただいずれの場合においても応用心理学の方でよく研究されている「証言の心理」「追憶の誤謬」に関する十分の知識を基礎としてそれらの資料の整理をしなけれ・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・簡易平明にして、しかも主要な急所を洩れなく、また実に適切な例を使って説明するという行き方であり、また如何なる教科書とも類を異にしたオリジナルなものであったという事は同君の講義を聞いた高弟達の異口同音の証言によって明らかである。 学会など・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ 突発した事件の目撃者から、その直後に聞き取ったいわゆる証言でも大半は間違っている。これは実験心理学者の証明するとおりである。そのいわゆる実見談が、もう一人の仲介者を通じて伝えられる時は、もう肝心の事実はほとんど蒸発してしまって、他のよ・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫