・・・に対する批評に向って反駁的、勝者的気分で書かれている同氏の「悪作家より」でその気分は極めて率直と云えば率直、高飛車と云えば高飛車に云われているのである。 石坂氏のように、さア、返事はどうだというような気持も、主観的には壮快なるものがある・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・すると、今朝の霜でゆるんだまま夜にとざされようとしている赤土に、まことに瀟洒な女靴の踵のあとがくっきりと一つ印されているのが目にのこった。そしてそれは何故か私の額の上に刻まれたもののような印象を与えて今日に及んでいるのである。〔一九三七・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
数人の若い女のひとたちが円く座って喋っている。いろんな話の末、映画のことになって、ひとりの人に、あなたは誰がお好き? ときいた。そのひとは房々と長く美しく波うたせてある髪を瀟洒な鼠色スーツの肩で一寸揺って、さあ、と口ごもっ・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・三岸節子の装幀で、瀟洒な白と金の地に、黒い縞馬の描かれた本も見た。当時、それは、文学作品としてよまれたのだった。 時をへだてて、ふたたびローレンスの作品集が出版されはじめた。そして、刑事問題をおこしている。取締りにあたる人々が、問題とな・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 彼方の清らかな棚におさまっている瀟洒な平瓶。薄みどりの優雅な花汁。 東洋趣味と鋭い西洋趣味との特殊な調和を見せている黒地総花模様の飾瓶などを眺めていると、私の胸には複雑な音楽が湧いて来た。 亢奮が、私をじっとさせて置かない。・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・そのときは、上下とも白い洋服で瀟洒たる紳士であった。仏語に堪能で、海軍の仏印侵略のために、有用な協力をしているというような地位もそのとき知ったように思う。「野呂栄太郎の追憶」の終りにかかれている堂々の発言を見て、私の心が激しくつき動かさ・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・仏領インド支那の農民が反抗すると、フランス政府は瀟洒な飛行機から毒ガスを撒いて殺した。だから原作のままの「アジアの嵐」なんぞ上映することを許さないんだ。日本だって、あの作品や「トルクシブ」は「思想善導」されてカットされているんだろう? ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 原稿を翻される手つき、それを伏せて左手をその上においたまま一寸上体をのり出すようにされての物云い、私は祖父というものを知らずに育ったから、坪内先生の白いお髭や物腰やに衰えぬ老人の或る瀟洒たる柔軟性というようなものを感じ大変注意をひかれ・・・ 宮本百合子 「坪内先生について」
・・・長崎名物の石段道なら、俥は登るまいなど、周囲から際立って瀟洒でさえある遙かな建物を眺めていると、私は俥の様子が少し妙なのに心付いた。俥夫は、駈けるのを中止した。のたのた歩き、段々広くもない町の右側に擦りよって行く。曲角でも近いのかと、首をさ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・鳩麦の、瀟洒な色の、つるりと堅い細長いこまかな殼の胴なかを噛みやぶってみだけ綺麗にたべている。鳩麦の夥しい殼は空の小舟のような軽い粒々をあたり一面に散ってカサコソと鳴るのである。 鼠がものを齧る音は聴くのはいやだ。ずっと先、上落合の方の・・・ 宮本百合子 「鼠と鳩麦」
出典:青空文庫