・・・するとその下の地位にいる同僚達は順繰りに昇進してみんな余沢に霑うというような事があるとすると、それはいくらかはこのドラゴイアンの話に似ている。 六 三四四頁には尻尾のある人間の事が出ている。犬の尻尾くらいの大・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・そうして付け合わせの玩味に際してしいて普遍的論理的につじつまを合わせようとするような徒労を避け、そのかわりに正真な連句進行の旋律を認識し享楽することができはしないかと思うのである。 専門の心理学者ことに精神分析学者の目で連句の世界を見渡・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・入営中の勉強っていうものが大したもんで、尤も破格の昇進もしました。それがお前さん、動員令が下って、出発の準備が悉皆調った時分に、秋山大尉を助けるために河へ入って、死んじゃったような訳でね。」「どうして?」 爺さんは濃い眉毛を動かしな・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・平民と同格なるはすなわち下落ならんといえども、旧主人なる華族と同席して平伏せざるは昇進なり。下落を嫌わば平民に遠ざかるべし、これを止むる者なし。昇進を願わば華族に交るべし、またこれを妨る者なし。これに遠ざかるもこれに交るも、果してその身に何・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・氏は新政府に出身して啻に口を糊するのみならず、累遷立身して特派公使に任ぜられ、またついに大臣にまで昇進し、青雲の志達し得て目出度しといえども、顧みて往事を回想するときは情に堪えざるものなきを得ず。 当時決死の士を糾合して北海の一隅に苦戦・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・これすなわち宗祖家康公が小身より起りて四方を経営しついに天下の大権を掌握したる所以にして、その家の開運は瘠我慢の賜なりというべし。 左れば瘠我慢の一主義は固より人の私情に出ることにして、冷淡なる数理より論ずるときはほとんど児戯に等しとい・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・が、油汗を搾るのは責めては自分の罪を軽め度いという考えからで、羊頭を掲げて狗肉を売る所なら、まア、豚の肉ぐらいにして、人間の口に入れられるものを作え度い、という極く小心な「正直」から刻苦するようになったんだ。翻訳になると、もう一倍輪をかけて・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・しかれども余は磊落高潔なる蕪村を尊敬すると同時に、小心ならざりし、あまり名誉心を抑え過ぎたる蕪村を惜しまずんばあらず。蕪村をして名を文学に揚げ誉を百代に残さんとの些の野心あらしめば、彼の事業はここに止まらざりしや必せり。彼は恐らくは一俳人に・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・何と云う用心のしようだろう。何と云う小心なことだろう。 チョンと跳び、ついと一粒の粟を拾う間に、彼は非常なすばしこさで、ちらりと左右に眼を配る。右を見、左を見、体はひきそばめて、咄嗟に翔び立つ心構えを怠らない。可愛く、子供らしく、浮立っ・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・自分たち若いものの活溌な真情にとって、人間評価のよりどころとは思えないような外面的なまたは形式上のことを、小心な善良な年長者たちはとやかく云う。けれどもねえ、そればかりじゃあないわねえ、その心だと思う。 ところが、いざ自分のその心の面に・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
出典:青空文庫