・・・ 去る十二月二十日に行われた東京ユネスコ協力会発起人会で招請状を出した新居格氏は、ユネスコの本質上この会は会員の純潔な良心に期待しなければならないと力説されました。発言した方々のすべてのことばはここに一致していました。その会の委員として・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
・・・ 痛快なのは、ソヴェト同盟の生産拡張五ヵ年計画がはじまるまで、狡いことして儲けていた小成金や商人が、三十ルーブリの室なら九十ルーブリという風に、いつもキット三倍の税をかけられていたことだ。家賃が三倍になるばかりじゃない。電燈料もガス代も・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の解放された生活」
・・・その中にも百姓の強壮な肺の臓から発する哄然たる笑声がおりおり高く起こるかと思うとおりおりまた、とある家の垣根に固く繋いである牝牛の長く呼ばわる声が別段に高く聞こえる。廐の臭いや牛乳の臭いや、枯れ草の臭い、及び汗の臭いが相和して、百姓に特有な・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ しかし奥さんにはその笑声が胸を刺すように感ぜられた。秀麿が心からでなく、人に目潰しに何か投げ附けるように笑声をあびせ掛ける習癖を、自分も意識せずに、いつの間にか養成しているのを、奥さんは本能的に知っているのである。 食事をしまって・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 七つの喉から銀の鈴を振るような笑声が出た。 第八の娘は両臂を自然の重みで垂れて、サントオレアの花のような目は只じいっと空を見ている。 一人の娘が又こう云った。「馬鹿に小さいのね」 今一人が云った。「そうね。こんな物・・・ 森鴎外 「杯」
・・・だが、忽ち彼の笑声が鎮まると、彼の腹は獣を入れた袋のように波打ち出した。彼はがばと跳ね返った。彼の片手は緞帳の襞をひっ攫んだ。紅の襞は鋭い線を一握の拳の中に集めながら、一揺れ毎に鐶を鳴らして辷り出した。彼は枕を攫んで投げつけた。彼はピラミッ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・明るい色の衣裳や、麦藁帽子や、笑声や、噂話はたちまちの間に閃き去って、夢の如くに消え失せる。秋の風が立つと、燕や、蝶や、散った花や、落ちた葉と一しょに、そんな生活は吹きまくられてしまう。そして別荘の窓を、外から冬の夜の闇が覗く。人に見棄てら・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・野老は小生の老父で、安政三年すなわち一八五六年生まれ、取って六十九になる。小生は子供の時分この父を尊敬した。年頃になるとしばしば叱られた関係もあって小生の方で反抗心を抱いていたが二十五、六を過ぎてから再び尊敬することを覚えた。思想が古いとか・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・……元良先生を訪う。小生の事は今年は望みなしとの事なり」と記されている。多分東京大学での講義のことであろう。この学期から初めて講師になって哲学の講義を受け持ったのは紀平氏であった。わたくしたちは新入生としてこれを聞いた。事によると紀平氏の講・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫