・・・かれは直ちに家を飛びだしてこの一条の物語がうまく小説らしく局を結んだと語り歩いた。かれは凱歌をあげた。『何さ、わしが情けないこったと思ったのはお前さんも知らっしゃる通り、この一条の何のというわけでない、ただ嘘偽ということであったので。嘘・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・舌の戦ぎというのは、ロオマンチック時代のある小説家の云った事で、女中が主人の出た迹で、近所をしゃべり廻るのを謂うのである。 木村は何か読んでしまって、一寸顔を蹙めた。大抵いつも新聞を置くときは、極 apathique な表情をするか、そ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ しかし結局、身辺小説といわれているものに優れた作品の多いことは事実であり、またしたがって当然でもあるが、私はたとい愚作であろうとかまわないから、出来得る限り身辺小説は書きたくないつもりである。理由といっては特に目立った何ものもない。た・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・「余計な事を聞くようだが、わたしは小説を書くものだからね。」 この時相手は初めて顔を上げた。「小説家でおいでなさるのですか。デネマルクの詩人は多くこの土地へ見えますよ。」「小説なんと云うものを読むかね。」 エルリングは頭を振った・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・腰懸の傍に置いてある、読みさしの、黄いろい表紙の小説も、やはり退屈な小説である。口の内で何かつぶやきながら、病気な弟がニッツアからよこした手紙を出して読んで見た。もうこれで十遍も読むのである。この手紙の慌てたような、不揃いな行を見れば見る程・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・どうかその心持をと思って物語ぶりに書綴って見ましたが、元より小説などいうべきものではありません。 あなた僕の履歴を話せって仰るの? 話しますとも、直き話せっちまいますよ。だって十四にしかならないんですから。別段大した悦も苦労もし・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・恋をしてはいけない、女に近づいてはいけない、小説を読んではいけない、芝居を見てはいけない、――要するに生を味わってはいけない! それでどんな人間ができますか。乾干びた、人間知のない、かかしのような人間です。鼻先から出る道徳に塗り固められて何・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫