・・・その時において、生徒の所得は理学・徳学にして、純然たる良民たる者ならん。然るに、この良民が家にありて一部の経世書を読むか、または外に出でて一夜の政談演説を聴き、しかもその書、その演説は、すこぶる詭激奇抜の民権論にして、人を驚かすに足るものと・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・味するは洋学者に限るとして利用せられたるその趣は、皮細工に限りてえたに御用をこうむりたるの情に異ならざりしといえども、えたにても非人にても、生計の道にありつきたるは実に図らざりしことにして、偶然に我が所得の芸能をもって銭を得たるものなり。・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・ただし国君官吏たる者も、自から労して自から食うの大義を失わずして、その所労の力とその所得の給料と軽重いかんを考えざるべからず。これすなわち君臣の義というものか。 右は人間の交の大略なり。その詳なるは二、三枚の紙につくすべからず、必ず書を・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・ 遺言状一 余死せば朝日新聞社より多少の涙金渡るべし一 此金を受取りたる時は年齢に拘らず平均に六人の家族に頭割りにすべし例せば社より六百円渡りたる時は頭割にして一人の所得百円となる計算也一 此分配法ニ異・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・彼女たちの職場と個人個人の生活の雰囲気が、タフト・ハートレー法案にたいしてなんの反対も感じず、アメリカ人口の二パーセントを益するにすぎない所得税法に無関心であり、彼女たちの感情が非アメリカ委員会の活動ぶりに民主的市民としての疑問をいだいてい・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・勤労の所得と云えるかしら。政府が赤字やりくりのために思いついて、先ず五十円券をどっさり買わせ、それで第一段儲け、ついで五人のひとに百万円あてさせて、こんどは売れのこりに一本あったから四百万円だけはらって、それが何かの形でまた逆にかえって来て・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・自ら生得の痴愚にあき人生の疲れを予感した末世の女人にはお身の歓びは 分ち与えられないのだろうか真珠母の船にのりアポロンの前駆で生を双手に迎えた幸運のアフロディテ *ああ、劇しい嵐。よい・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・興津彌五右衛門が正徳四年に主人である細川三斎公の十三回忌に、船岡山の麓で切腹した。その殉死の理由は、それから三十年も昔、主命によって長崎に渡り、南蛮渡来の伽羅の香木を買いに行ったとき、本木を買うか末木を買うかという口論から、本木説を固守した・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・街の老若男女が、強硬不屈に、去年よりは十倍と新聞に報じられている所得税の誅求に対してたたかっている。 世論調査には、莫大な費用がかかる。人手もいる。そのために、その費用の支出にたえ調査機関としての人手をもち、同時にその世論調査そのものが・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・心ある人々は、死んで、抗議の云えない人の墓を、生前好かれていなかったと知っている者が、今こそと自分の生得の力をふるってこしらえた心根をいやしんだ。そして、漱石を気の毒に思った。その墓は、まるで、どうだ、何か云えるなら云ってみろ、と立っている・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
出典:青空文庫