・・・ 発行所の下の座敷には島木さん、平福さん、藤沢さん、高田さん、古今書院主人などが車座になって話していた。あの座敷は善く言えば蕭散としている。お茶うけの蜜柑も太だ小さい。僕は殊にこの蜜柑にアララギらしい親しみを感じた。 島木さんは大分・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・「南無、南無、何かね、お前様、このお墓に所縁の方でがんすかなす。」 胡桃の根附を、紺小倉のくたびれた帯へ挟んで、踞んで掌を合せたので、旅客も引入れられたように、夏帽を取って立直った。「所縁にも、無縁にも、お爺さん、少し墓らしい形・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 円福寺の方丈の書院の床の間には光琳風の大浪、四壁の欄間には林間の羅漢の百態が描かれている。いずれも椿岳の大作に数うべきものの一つであるが、就中大浪は柱の外、框の外までも奔浪畳波が滔れて椿岳流の放胆な筆力が十分に現われておる。 円福・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・国府津の寺は、北村君の先祖の骨を葬ってある、そういう所縁のある寺で、彼処では又北村君の外の時代で見られない、静かな、半ば楽しい、半ば傷ついている時が来たようであった。「国府津時代は楽しゅうござんした」とよく細君が北村君の亡くなった後で、私達・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・劇場での初演の歌の歌い方と顔の表情とに序破急があってちゃんとまとまっている。そのほかにはたいしておもしろいと思うところもなかったが、ただなんとなしに十九世紀の中ごろの西洋はこんなだったかと思わせるようなものがあって、その時代の雰囲気のような・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・国のために、道のために、主義のために、真理の探究のために心を潜めるものは、今日でも「諸縁を放下すべき」であり、瑣々たる義理や人情は問題にしないのである。それが善い悪いは別として、そうしなければ大願望が成就しないことだけはたしかである。そうい・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・広い書院は勲章や金モールの方で一杯だ。そこへ私にも出ろと仰ゃって下さるんだけれど、何ぼ何でも状が状だから出る訳に行きゃしねえ。 するとお前さん、大将が私の前までおいでなすって、お前にゃ単た一人の子息じゃったそうだなと、恐入った御挨拶でご・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・大同書院という本屋から瀧川政次郎著『法律からみた支那国民性』というのが出ましたが御覧になるでしょうか。御返事下さい。 私は注射をやめました。やめ時らしくて先生から言い出されたから。何となしのんびりです。セザンヌの伝記を読んでもらい始めま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 書院の袋戸棚 四枚の芭蕉布にぼんやり雪舟まがいの山水を書いたもの、ふたところ三ところ小菊模様の更紗でついであって、いずれも三水がくすぶっている。その上に 山静水音高 と書いた横ものがかかげられている。○馬が三頭いた。二頭に・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・十月文芸座によって「津村教授」初演。菊池、久米、岡本、中村氏等と劇作家協会を創設。三十四歳の時である。 翌一九二一年。「坂崎出羽守」を発表。翌月市村座で初演。「嬰児殺し」有楽座で初演。 一九二二年。「女親」帝劇に於て初演。大倉喜八郎・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫