・・・が、権威的の学術書なら別段不思議はないが、或る時俗謡か何かの咄が出た時、書庫から『魯文珍報』や『親釜集』の合本を出して見せた。『魯文珍報』は黎明期の雑誌文学中、較や特色があるからマダシモだが、『親釜集』が保存されてるに到っては驚いてしまった・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 一度通読しては二度と手にとらぬ書物のみ書庫にみつることは寂寞である。 自分の職能の専門のための読書以外においては、「物識り」にならんがために濫読することは無用のことである。識見は博きにこしたことはないが、そのためにしみじみと心して・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・その世界では現在あるような活字で印刷した書物の代りに映画のフィルムのようなものが出来ていて、書庫の棚にはその巻物がぎっしり詰っている。小説でも歴史の本でも皆そういう巻物になっていて、それを机上の器械にはめてボタンを押すとその内容が器械のスク・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・ 勿論、馬琴自身のオリジナルな観察も少なくはないであろうが、全体として見るときは彼の著書には強烈な「書庫の匂い」がある。その結果として、あらゆる描写記載にリアルな、生ま生ましい実感を求めることが困難である。馬琴自身の自嘲の辞と思われる文・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・図書館の書庫の中の燃えているさまが窓外からよく見えた。一晩中くらいはかかって燃えそうに見えた。普通の火事ならば大勢の人が集まっているであろうに、あたりには人影もなくただ野良犬が一匹そこいらにうろうろしていた。メートルとキログラムの副原器を収・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・いつか私邸に呼ばれたときにその自慢の豊富な書庫を見せてもらったことがあったが、その蔵書の一部が教授の死後、わが中央気象台に買取られて保存されている。 ヘルマン教授には三学期通じてずっと世話になって特別の優遇を受けたような気がしていた。二・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・ 森先生の渋江抽斎の伝に、その子優善が持出した蔵書の一部が後年島田篁村翁の書庫に収められていた事が記されてある。もし翰が持出した珍書の中にむかし弘前医官渋江氏旧蔵のものが交っていたなら、世の中の事は都て廻り持であると言わなければならない・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・三年になると、本科生は書庫の中に入って書物を検索することができたが、選科生には無論そんなことは許されなかった。それから僻目かも知れないが、先生を訪問しても、先生によっては閾が高いように思われた。私は少し前まで、高校で一緒にいた同窓生と、忽ち・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・三階の書籍かり出しのところとカタログ室とは、もとからここにこうしてあっただろうか、いかにも埃っぽくて奥が深く暗い書庫に向って、裁判所めいた高い卓があるところは、見馴れたここの光景だが、カタログ室の方が妙にガランとしている。書籍かり出しに、相・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・三時間に亙って懇切に私の質問に答えたり、書庫を見せられたりした。書庫には、出島和蘭屋敷の絵巻物、対支貿易に使用された信牌、航海図、きりしたんころびに関する書つけ、シーボルトの遺物、フェートン号の航海日誌、羅馬綴の日本語にラテン語を混えた独特・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫