・・・否、家を出たというよりも、今の僕には、家をしょって歩き出したのだ。 虎の門そとから電車に乗ったのだが、半ば無意識的に浅草公園へ来た。 池のほとりをぶらついて、十二階を見ると、吉弥すなわち菊子の家が思い出された。誰れかそのうちの者に出・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・たきぎをしょったり、石を運んだり、また、荷物をかつがしたり、いろいろのことを頼みました。牛女は、よく働きました。そして、その金で二人は、その日、その日を暮らしていました。 こんなに大きくて、力の強い牛女も、病気になりました。どんなもので・・・ 小川未明 「牛女」
・・・そして、脊に重い荷をしょっていました。これを見ると、さっそく、からすはその木の枝に止まりました。そして、下を見おろしながら、「牛さん、牛さん、主人はどこへいった。」と聞きました。 牛は、穏やかな大きな目をみはって、遠方の日の光に照ら・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・私は、大がにを背中にしょった。そして、みんなと別れて、一人で、あちらにぶらり、こちらにぶらり、千鳥足になって、広い野原を、星明かりで歩いてきたのだ。」と、おじいさんは話しました。 みんなは、不思議なことがあったものだと思いました。「・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・しかし、そこは、うしろの北には山をしょっていました。ほかから見れば、ずっと暖かでありました。それですから、とこなつの花の葉は、いつも青々としていました。 ある朝のことであります。太陽が海から上がってまだ間もない時分でありました。いつかの・・・ 小川未明 「小さな赤い花」
・・・ 女は、織物の入った、大ぶろしきの包みをしょって、街道を歩いて、町へ出ることもありました。頭の上の青空は、いつになっても変わりがなかったけれど、また、その空を流れる白い雲にも変わりがなかったけれど、女のようすは変わっていました。 水・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
・・・このときあちらから、箱を背中にしょって、つえをついた一人のじいさんが歩いてきました。光治は、このおじいさんを泣きはらした目で見て、旅から旅へとこうして歩く人のように思ったのでありました。じいさんも、また光治の顔をじっと見ましたが、路の上に立・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
・・・私は背中にその袋をしょっている。この砂をすこしばかり、どんなものの上にでも振りかけたなら、そのものは、すぐに腐れ、さび、もしくは疲れてしまう。で、おまえにこの袋の中の砂を分けてやるから、これからこの世界を歩くところは、どこにでもすこしずつ、・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・はやく打ちとめて家へしょって帰ろう。そうすればきもは、あの旅の薬屋に高く売れるし、肉は、村じゅうのものでたべられるし、皮は皮で、お金にすることができるのだ。こう思いながら、肩から、鉄砲をはずして、弾丸をこめて、その足跡を見失わないようにして・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・男前だと思って、本当にしょっているわ。寺田の眼は急に輝いた。あの男だ。あの男がこの女中を口説こうとしたのだ。寺田は何思ったか、どうだ、もう一本してやろうか。メタボリン……? いや、ヴィタミンCだ。Cっていいんですか。Bよりいいよと言いながら・・・ 織田作之助 「競馬」
出典:青空文庫