・・・見ると、一人の変に鼻の尖った、洋服を着てわらじをはいた人が、鉄砲でもない槍でもない、おかしな光る長いものを、せなかにしょって、手にはステッキみたいな鉄槌をもって、ぼくらの魚を、ぐちゃぐちゃ掻きまわしているのだ。みんな怒って、何か云おうとして・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・糧と味噌と鍋とをしょって、もう銀いろの穂を出したすすきの野原をすこしびっこをひきながら、ゆっくりゆっくり歩いて行ったのです。 いくつもの小流れや石原を越えて、山脈のかたちも大きくはっきりなり、山の木も一本一本、すぎごけのように見わけられ・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・ その晩遅くゴーシュは何か巨きな黒いものをしょってじぶんの家へ帰ってきました。家といってもそれは町はずれの川ばたにあるこわれた水車小屋で、ゴーシュはそこにたった一人ですんでいて午前は小屋のまわりの小さな畑でトマトの枝をきったり甘藍の虫を・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ずうっと下の方の野原でたった一人野葡萄を喰べていましたら馬番の理助が欝金の切れを首に巻いて木炭の空俵をしょって大股に通りかかったのでした。そして私を見てずいぶんな高声で言ったのです。「おいおい、どこからこぼれて此処らへ落ちた? さらわれ・・・ 宮沢賢治 「谷」
この農園のすもものかきねはいっぱいに青じろい花をつけています。 雲は光って立派な玉髄の置物です。四方の空を繞ります。 すもものかきねのはずれから一人の洋傘直しが荷物をしょって、この月光をちりばめた緑の障壁に沿ってや・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・ 六平は十の千両ばこをよろよろしょって、もうお月さまが照ってるやら、路がどう曲ってどう上ってるやら、まるで夢中で自分の家までやってまいりました。そして荷物をどっかり庭におろして、おかしな声で外から怒鳴りました。「開けろ開けろ。お帰り・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・まして昨今のように世界の経済恐慌につれて、米の問題、繭値下りの問題など、農民の生命をおびやかす問題が一向に具体的な解決を見ないでますます切迫するばかりである時代においては、いわば農民が自分たちのしょっている一戸あたり八百円という恐しい借金の・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・ お上んなさいお上んなさいと進められてもいそがしそうだからと云ってかえりかけてる処へ大きな包をしょってお繁婆が来た。買物をたのんだと見える。 しゃぼんだの足袋だの砂糖だのをならべる。「こんなものまで町でなければありませんので・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・たった三年の間に、十二万フランの負債をしょったバルザックは、遂に力つきて、美しい出版物を紙屑のような価で投げ売りにした。その時を計画的に準備し、待っていた同業者共は、労さず数万の利益を得たのである。 この恐るべき三年間を始りとして、バル・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・マントを着て裾をはしょって頭はこのまんまで先生のうちに出かけたんです。門のとこにマントをかけて置いて、蛇の目を深くさして白足袋をはいて『御免下さいませ』ってやったところが、先生の奥さんが出て来て『いらっしゃいまし、どなたさまで』っておじぎを・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫