・・・眼をしょぼしょぼさせた一徹らしい川森は仁右衛門の姿を見ると、怒ったらしい顔付をしてずかずかとその傍によって行った。「汝ゃ辞儀一つ知らねえ奴の、何条いうて俺らがには来くさらぬ。帳場さんのう知らしてくさずば、いつまでも知んようもねえだった。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・雨がしょぼしょぼと顱巻に染みるばかりで、空だか水だか分らねえ。はあ、昼間見る遠い処の山の上を、ふわふわと歩行くようで、底が轟々と沸えくり返るだ。 ア、ホイ、ホイ、アホイと変な声が、真暗な海にも隅があってその隅の方から響いて来ただよ。・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・――その目をしょぼしょぼさして、長い顔をその炬燵に据えて、いとせめて親を思出す。千束の寮のやみの夜、おぼろの夜、そぼそぼとふる小雨の夜、狐の声もしみじみと可懐い折から、「伊作、伊作」と女の音で、扉で呼ぶ。「婆さんや、人が来た。」「うう、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ と、しょぼしょぼした目をみはった。睨むように顔を視めながら、「高いがな高いがな――三銭や、えっと気張って。……三銭が相当や。」「まあ、」「三銭にさっせえよ。――お前もな、青草ものの商売や。お客から祝儀とか貰うようには行かん・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・目はしょぼしょぼして眉が薄い、腰が曲って大儀そうに、船頭が持つ櫂のような握太な、短い杖をな、唇へあてて手をその上へ重ねて、あれじゃあ持重りがするだろう、鼻を乗せて、気だるそうな、退屈らしい、呼吸づかいも切なそうで、病後り見たような、およそ何・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・秋雨のしょぼしょぼと降るさみしい日、無事なようにと願い申して、岩殿寺の観音の山へ放した時は、煩っていた家内と二人、悄然として、ツィーツィーと梢を低く坂下りに樹を伝って慕い寄る声を聞いて、ほろりとして、一人は袖を濡らして帰った。が、――その目・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・互に手を取って後来を語ることも出来ず、小雨のしょぼしょぼ降る渡場に、泣きの涙も人目を憚り、一言の詞もかわし得ないで永久の別れをしてしまったのである。無情の舟は流を下って早く、十分間と経たぬ内に、五町と下らぬ内に、お互の姿は雨の曇りに隔てられ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・、いつか蝶子、柳吉と三人連れ立って千日前へ浪花節を聴きに行ったとき、立て込んだ寄席の中で、誰かに悪戯をされたとて、キャッーと大声を出して騒ぎまわった蝶子を見て、えらい女やと思い、体裁の悪そうな顔で目をしょぼしょぼさせている柳吉にほとほと同情・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・と井山という眼のしょぼしょぼした頭髪の薄い、痩方の紳士が促した。「イヤ岡本君が見えたから急に行りにくくなったハハハハ」と炭鉱会社の紳士は少し羞にかんだような笑方をした。「何ですか?」 岡本は竹内に問うた。「イヤ至極面白いんだ・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・と、眼をしょぼしょぼさし乍らきいた。「うむ。」「池か溝へ落ちこんだら、折角これだけにしたのに、親も仔も殺してしまうが……。」「そんなこた、それゃ我慢するんじゃ。」健二は親爺にばかりでなく、自分にも云い聞かせるようにそう云った。・・・ 黒島伝治 「豚群」
出典:青空文庫