・・・光りの消えた砂浜を小急ぎに、父を真中にやって来ると、白斑の犬が一匹船の横から出て来た。「こい、こい」 晴子が手を出すと、尾を振りながら跟いて来た。「何だお前の名は――ポチか? え?」 そして、父が短い口笛で愛想した。「ポ・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・ マクシムの命を救ったのは彼の沈着で豪毅な気性と素面であったことであった。この椿事のためにマクシムは七週間も患った。その夏ヴォルガ河口に在るアストラハン市で凱旋門を建てる仕事があって、マクシムは妻子をつれ移住した。四年ぶりでニージニへ戻・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・今日の社会の現実は、白面な常識を持った人間に、或る種の公憤を感じさせずにはいない様々の事実に満ちている。文化の上に現れている愚劣な地方主義にしろ、科学性の蹂躙にしろ、インテリゲンツィアの最も本質である知性の正当な発動に対する相剋が歴然として・・・ 宮本百合子 「若き時代の道」
出典:青空文庫