・・・兵卒で、取調べを受ける場合に立つと、それが如何にも軽蔑さるべき、けがらわしいことのように取扱われた。不品行を誇張された。三等症のように見下げられた。ポケットから二三枚の二ツに折った葉書と共に、写真を引っぱり出した時、伍長は、「この写真を・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・或る一人が他の一人を窘めようと思って、非常に字引を調べて――勿論平常から字引をよく調べる男でしたが、文字の成立まで調べて置いて、そして敵が講じ了るのを待ち兼ねて、難問の箭を放ちました。何様も十分調べて置いてシツッコク文字論をするので講者は大・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・勿論その間に、俺は二三度調べに出て、竹刀で殴ぐられたり、靴のまゝで蹴られたり、締めこみをされたりして、三日も横になったきりでいたこともある。別の監房にいる俺たちの仲間も、帰えりには片足を引きずッて来たり、出て行く時に何んでもなかった着物が、・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 北村君が亡くなった後で、京橋鎗屋町の煙草屋の二階(北村君の阿母へ上って、残して置いて行ったものを調べた事があった。その時細君が取り出して来たいくつかの葛籠を開けたら、種々反古やら、書き掛けたものやらが、部屋中一杯になるほど出て来た。北・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・誰かが病気になったとか、お金を無くしたとか、誰かが跡を雇い次がれないことになったとかいうようなことを調べているに違いないわ。そんなにしていて獲ものを待つのだわ。水先案内が、人の難船するのを待っていて自分の収入にするのと同じ事だわ。だがね、や・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・ 終に暦が調べられ、結婚の儀式は吉日を選んで行われました。 娘の唖な事を隠して他人の手に引渡して、スバーの両親は故郷に帰って仕舞いました。有難いことです! 斯うやって彼等は親の務めを兎に角済ませたから、スバーの親達には此世の幸福と天・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ そのころのこと、戸籍調べの四十に近い、痩せて小柄のお巡りが玄関で、帳簿の私の名前と、それから無精髯のばし放題の私の顔とを、つくづく見比べ、おや、あなたは……のお坊ちゃんじゃございませんか? そう言うお巡りのことばには、強い故郷の訛があ・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・ポルジイは頭痛に病みながら、これを調べたのであった。 さてこの一切の物を受け取って、前に立っている銀行員を、ポルジイ中尉は批評眼で暫く見て、余り感心しない様子で云った。「君も少し姿勢がどうかならんかねえ。気を附けて見給え。損の行かな・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・その哀切な虫の調べがなんだか全身に沁み入るように覚えた。 疼痛、疼痛、かれはさらに輾転反側した。 「苦しい! 苦しい! 苦しい!」 続けざまにけたたましく叫んだ。 「苦しい、誰か……誰かおらんか」 としばらくしてまた・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・その後同じ場所に行ってよく調べてみると、これらの樹の根には生きているのもある。これで見ると、現在生えている樹木の根が、養分の多いこの黒土層を追うて拡がっているのだということが分かる。それにしてもこの黒土層の由来はやはり前に考えたようなもので・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
出典:青空文庫