・・・ 犬と人間との入り乱れた真剣な戦闘がしばらくつゞいた。銃声は、日本の兵士が持つ銃のとゞろきばかりでなく、もっとちがった別の銃声も、複雑にまじって断続した。 危く、蒙古犬に喰われそうになっていた浜田たちは、嬉しげに、仲間が現れた、その・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・毎日真剣勝負をするような気になって、良い物、悪い物、二番手、三番手、いずれ結構上じょうじょうの物は少い世の中に、一ト眼見損えば痛手を負わねばならぬ瀬に立って、いろいろさまざまあらゆる骨董相応の値ぶみを間違わず付けて、そして何がしかの口銭を得・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・真実はおもてに現われて、うそや飾りで無いことは、其の止途無い涙に知れ、そして此の紛れ込者を何様して捌こうか、と一生懸命真剣になって、男の顔を伺った。目鼻立のパラリとした人並以上の器量、純粋の心を未だ世に濁されぬ忠義一図の立派な若い女であった・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・男の声も真剣であった。娘はだまって、こっくり首肯いた。信じた様子であった。 男の意志は強くなかった。その翌々日、すでに飲酒を為した。日暮れて、男は蹌踉、たばこ屋の店さきに立った。「すみません」と小声で言って、ぴょこんと頭をさげた。真・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・実人生の、暴力的な真剣さを、興覚めする程に明確に見せつけられたのであります。たかが女、と多少は軽蔑を以て接して来た、あの女房が、こんなにも恐ろしい、無茶なくらいの燃える祈念で生きていたとは、思いも及ばぬ事でした。女性にとって、現世の恋情が、・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 十一 荒馬スモーキー この映画も監督は馬に芝居をさせているつもりでいるが、馬のほうでは、あたりまえのことながら、ちっとも芝居気はなくて始終真剣だから、そう思ってこの馬のヒーローを見ていると実に愉快である。子馬が生ま・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・それからまた県土木技師の設計監督によるモダーン県道を徳川時代の人々が闊歩したり、ナマコ板を張った塀の前で真剣試合が行なわれたりするのも考えものであるが、これはやむを得ないことかもしれない。 これに比べて現代を取り扱った邦画はいくらか有利・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・幸徳君らに尽く真剣に大逆を行る意志があったか、なかったか、僕は知らぬ。彼らの一人大石誠之助君がいったというごとく、今度のことは嘘から出た真で、はずみにのせられ、足もとを見る暇もなく陥穽に落ちたのか、どうか、僕は知らぬ。舌は縛られる、筆は折ら・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・「いったいどうする気なんだい」「どうする気だって、――むろんもらいたいんですがね」「真剣のところを白状しなくっちゃいけないよ。いいかげんなことを言って引っ張るくらいなら、いっそきっぱり今のうちに断わるほうが得策だから」「いま・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・この変てこな議論が一見菜食にだけ適用するように思われるのはそれは思う人がまだこの問題を真剣に考え真実に実行しなかった証拠であります。斯んなことはよくあるのです。 いくら連続していてもその両端では大分ちがっています。太陽スペクトルの七色を・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫