・・・心ある人々は、死んで、抗議の云えない人の墓を、生前好かれていなかったと知っている者が、今こそと自分の生得の力をふるってこしらえた心根をいやしんだ。そして、漱石を気の毒に思った。その墓は、まるで、どうだ、何か云えるなら云ってみろ、と立っている・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・ 夢中になって する――その心根は、いじらしい。 *或時には余り朗らかとも云えぬ情慾を混えた夫婦の 愛を経験して見ると親子の愛まして 自分と父との仲にあるような 父親の愛・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・過去の戦争の年々は、権力によってその場にひき出された個々の人たちの真の心根がどうであったにしても、世界史の上に演じた客観的な役割は、憲兵的である程度をこして、アジアの平和の毒害者であった。戦争中、日本の文学は、戦争協力の方向にたたないものは・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・と馘首の先頭に婦人をおいていることの不条理は、あらゆる人の心魂に徹している。道徳的頽廃の根源も、生活不安定にある。 困難な条件が循環して果しないのに失望した一団の婦人たちが現れた。それほど国家が無力ならば、自分たち未亡人といわれる境遇に・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・そしてそれは一郎の我儘というよりは、美的にも智的にも倫理的にも彼が到達しているところまで来ていない社会に対する嫌厭として、彼の身魂を削り、はたの者の常識に不安を与える結果となっている。漱石はこの小説で自己というものを苛酷な三面鏡のうちに照り・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
・・・「でも、御新婚なんかのところだと、あなたやきもちがやけない?」「よくそう云われるけんど、あたしちっともそういう気持にならないわ。自分たちの仲だけのこんでこっちへ当って来ないもんね」 成程と、大いに笑って感服した。 この二十二・・・ 宮本百合子 「想像力」
・・・夜も眠らない稲草人の前に、一つ一つくりひろげられる貧しい農家の老婆が害虫と闘い生活と闘う姿や、飲んだくれの夫に売られることを歎いて、投身して死ぬ漁婦の独白は読者の心魂に刻み込まれて消すことの出来ないリアリティーをもって描かれている。 そ・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・外の女達も人にかくして思いなやんで居る心根をいじらしがって化粧のはげるのも忘れて居た。ことに久しい間ついて居る女達なぞは、「ほんとうにあの紫の君は憎い方だ、あの方さえやさしい心を持って居らっしゃれば君様を始めこんな悲しい思をしないものを・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・東京に長く居た地方の女である。新婚後東京の夫の任地へ行くらしい。 沢山の見送りが来て居る。その前で、彼女はさも輝やかしそうに見える。落着いて、さも安んじた心持で居るように微笑――得意な幾分女性の傲慢もそなえた――をうかべながら、かるく頭・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ 女性が自己の自覚したと同時に起った困難な心魂の訓練を要する問題です。 箇人とし自己の生活を拡張させて行きたい慾求。それは、十九世紀後に於るように、徒な男性に対する反抗によるものではありません。人間とし、男が天性に従って仕事を選び、・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
出典:青空文庫