・・・乍チニシテ島原ノ妓楼廃止セラレテ那ノ輩這ノ地ニ転ジ、新古互ニ其ノ栄誉ヲ競フニオヨンデ、好声一時ニ騰々タルコトヲ得タリ。現在大楼ト称スル者今其ノ二三ヲ茲ニ叙スレバ即曰ク松葉楼曰ク甲子楼曰ク八幡楼、曰ク常盤楼、曰ク姿楼、曰ク三木楼等、維們最モ群・・・ 永井荷風 「上野」
・・・夢の中にあり乍ら、私は、十七の生徒で真個に意地悪を云われた時と同様の苦しい胸の迫る心持になった。すると、突然、今まで居るとも思えなかった一人の友達が、多勢の中から突立ち、どうしたことか、まるでまる真赤な洋服を着て、非常に露骨な強い言葉でその・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・同い年で小学校を卒業し、同い年で同じ学校に入り、両人は真個の仲よしで行く筈なのでした。 芳子さんは、政子さんが、自分よりは可哀そうな身の上であるのをよく知っていましたから、いつも同情して政子さんの為に成るように、政子さんが幸福に楽しく暮・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・けれども、現在は兎に角、将来の長い時間の為に、女優劇は、今のような、一段、気を許した雰囲気にあることは慶ぶべきことではないと思う。真個に気を入れて見て、其でうんと云わせる舞台が、女優独特の実力で創造されて欲しいのである。 自分が終りまで・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・〔以下原稿十二行分欠〕二月 十五日 いつかおすしを食べたいと云ったのが真個に成って夜和田さん、岩本さん、吉田、その他が S. C. に呼ばれた。美くしいグレト フルートが、サクランボーで飾られたのを見て自分はどんなによろこんだか。 ・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・ 真個に今日の、少し自分と云うものを考え、周囲に批判的な眼を持つ私共位の女性は、皆な同じ不満、希望、失望を経験するものでございますね。あの御著書全部を貫いている思想的傾向は、その普遍的な性質に於て、私共のものであるとさえ申せますでしょう・・・ 宮本百合子 「大橋房子様へ」
・・・なぜなら、昔から、人類がやっと文字を発明した時代から、真個に人間の生きている意味、子から子へと絶えない愛を以てまもり、懐きあこがれる、真理の追求の為に、身を捧げて人生に対した少数の人々は、決して、「わたしは人生につかれた、暮しがつらい」とは・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・ 両方の絶壁は子供の感情を知った。憐れに思い、何とかしてやりたく思う。泣声は次第に激しく、叩く拳は次第に熱烈に、苦しくなって来る。 真個に、崖も辛く思う。然し、彼には手がない。彼方の崖にも腕がない。せめて柔かく身でも屈めてやりたいが・・・ 宮本百合子 「傾く日」
・・・女形には、芸の上に於て、其那腕のなさはない代り、どうしても、エキスプレッションが、女形の芸としての知識の範囲を脱し難い。真個の女性が無意識に流露させる女らしさが、微妙な隅々で欠けているので、天真の軟らかみが乏しいとも云えよう。女形の女性は、・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ けれども、その某博士が逝去されたという文字を見た瞬間、自分の胸を打ったものは、真個のショックでした。 どうしようという感じが、言葉に纏まらない以前の動顛でした。 私は、二度も三度も、新聞の記事を繰返して読みながら、台所に立った・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
出典:青空文庫