・・・一身係累を顧みるの念が少ないならば、早く禍の免れ難きを覚悟したとき、自ら振作するの勇気は、もって笑いつつ天災地変に臨むことができると思うものの、絶つに絶たれない係累が多くて見ると、どう考えても事に対する処決は単純を許さない。思慮分別の意識か・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・どうです、一度放送してみませんか。新作ものを一つ……」 仕事に熱心な佐川は、新しい芸人を見つけると、貪欲な企画熱をあげるのだった。頼み方はおだやかだが、自分の企画に悦に入っている執拗さがあった。「いや、お言葉はありがたく頂戴しまっけ・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・『新作家』へは、今度書いた百枚ほどのもの連載しようと思っている。あの雑誌はいつまでも、僕を無名作家にしたがっている。『月夜の華』というのだ。下手くそにいっていたとしても、むしろ、この方を宣伝して呉れ。提灯をもつことなんて一番やさしいことなん・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・また或る二百枚以上の新作の小説は出版不許可になった事もあった。しかし、私は小説を書く事は、やめなかった。もうこうなったら、最後までねばって小説を書いて行かなければ、ウソだと思った。それはもう理窟ではなかった。百姓の糞意地である。しかし、私は・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・今月の『文学世界』の新作を拝見して、私は呆然としてしまいました。本当に、本当に、小説家というものは油断のならぬものだと思いました。どうして、お知りになったのでしょう。しかも、私の気持まで、すっかり見抜いて、『みだらな空想をするようにさえなり・・・ 太宰治 「恥」
・・・しかし、新作の小説が出なくても、私の手許には、以前の島田の本が何冊も残っています。あまりのろわしくて、焼いてしまおうかと思った事もありましたが、何だかそれは、あなたのからだを焼くような気がして、とても私には出来ませんでした。あの島田の本を、・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・そうして伝説の化け物新作の化け物どもを随意に眼前におどらせた。われわれの臆病なる小さな心臓は老人の意のままに高く低く鼓動した。夜ふけて帰るおのおのの家路には木の陰、川の岸、路地の奥の至るところにさまざまな化け物の幻影が待ち伏せて・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・唖々子は英語の外に独逸語にも通じていたが、晩年には専漢文の書にのみ親しみ、現時文壇の新作等には見向きだもせず、常にその言文一致の陋なることを憤っていた。 わたしは抽斎伝の興味を説き、伝中に現れ来る蕩子のわれらがむかしに似ていることを語っ・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・ けれども、例え取材は古くても、性格、気分等のインタープレテーションに、或る程度まで近代的な解剖と敏感さを必要とする新作の劇で、彼等は何処まで女になり切れるだろう。 舞台上の人物として柄の大きいこと、地が男である為、扮装にも挙止にも・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・従来の歌舞伎の番組には徳川末期的の世情を映したものもあり、現代の生活感情に遠いものがあったのは事実だけれど、十一月の新作ものの序幕や大詰では初めから演劇というものの独特な表現を思いあてたような空虚さがあった。 種々の条件が加わっても、や・・・ 宮本百合子 「“健全性”の難しさ」
出典:青空文庫