・・・然り而してその家の私徳なるものは、親子・兄弟姉妹、団欒として相親しみ、父母は慈愛厚くして子は孝心深く、兄弟姉妹相助けて以て父母の心身の労を軽くする等の箇条にして、能くこの私徳を発達せしむるその原因は、家族の起源たる夫婦の間に薫ずる親愛恭敬の・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ツルゲーネフはツルゲーネフ、ゴルキーはゴルキーと、各別にその詩想を会得して、厳しく云えば、行住座臥、心身を原作者の儘にして、忠実に其の詩想を移す位でなければならぬ。是れ実に翻訳における根本的必要条件である。 今、実例をツルゲーネフに取っ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・文士や画家や彫塑家の寄合所になっていた、小さい酒店が幾つもあったが、それがたいてい閉店してしまって、そこに出入していた人達は、今では交際社会の奢った座敷に出入している。新進文士でも二三の作が少し評判がいいと、すぐに住いや暮しを工面する。ちょ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・労働に疲れ種々の患難に包まれて意気銷沈した時には或は小さな歌謡を口吟む、談笑する音楽を聴く観劇や小遠足にも出ることが大へん効果あるように食事も又一の心身回復剤である。この快楽を菜食ならば著しく減ずると思う。殊に愉快に食べたものならば実際消化・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・画家の生活全体が困難になって、ごく少数の大家――その人の絵をもっていれば、やがて値が出て金になるという、家屋敷を買うような意味で買われる大家を除いては、新進画家の生活はまったく苦しい、それは出版事情の最悪な今の文学にも、また音楽にもいえる。・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・春三月 発芽を待つ草木と二十五歳、運命の隠密な歩調を知ろうとする私とは双手を開き空を仰いで意味ある天の養液を四肢 心身に 普く浴びようとするのだ。 二月十六日 ・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・当時の文学のありようから、真の新進、精鋭は見出し難く、受賞の範囲は、それぞれの作家の若々しい未来を鼓舞し祝福する方向に赴かず、寧ろ、多難な文学の道をこれまでの何年間か努力をつづけて今日に到っているという作家への、慰労賞めいたものとなった。文・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・その当時、主として『新思潮』の同人たちが、歴史的題材の小説に赴いたことの心理的要因には第一次欧州大戦につれて擡頭した新しい社会と文学の動きに対して、従来の文学的地盤に立つ教養で育った新進作家たちが、一面の進歩性と他面の保守によって、題材を過・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・を与えられた石川達三、高見順、石川淳、太宰治、衣巻省三その他多くの作家が、言葉どおりの意味での新進ではなく、過去数年の間沈滞して移動の少なかった純文学既成作家に場面を占められて作品発表の機会を十分持ち得ないでいた人々であり、長年の文学修業と・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・と笑いこけた、その唇から特異な言葉をぽつぽつと語る新進芸術家として描かれている。 閉じこめられたまま清純のまま続いていたジイドの青春は、二十四歳の時、突然その清教徒的規律を破った。彼は在来の周囲に激しい厭悪を感じて友人のロオランとチュニ・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
出典:青空文庫