・・・翌年の秋から「伸子」が執筆されはじめた。その前提となって、はげしい心の病気からの立ち上りが示されている作品であった。「古き小画」では、素朴な古代人の感情、行動、近東の絵画的風俗などに少なからず作者の感興がよせられている。エクゾチシズムが・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・その時分、わたしは、「伸子」の中に佃としてかかれているひとと生活していて、夫婦というもの毎日の生きかたの目的のわからない空虚さに激しく苦しみもだえていた。そのひととはなれていられず、それならばと云ってその顔を見ていると分別を失って苦しさにせ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
この一冊におさめられた八篇の小説は、それぞれに書かれた時期もちがい、それぞれにちがった時期の歴史をももっている。「一本の花」は一九二七年の秋ごろ発表された。長篇「伸子」を書き終り、ソヴェト旅行に出かける前の中間の時期、・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)」
「伸子」は一九二四年より一九二六年の間に執筆され、六七十枚から百枚ぐらいずつに章をくぎって、それぞれの題のもとに二三ヵ月おきに雑誌『改造』に発表された。たとえば、第一の部分「揺れる樹々」につづいて「聴きわけられぬ跫音」そのほ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・そして、やがて友情が芽生え、その友情はあらゆる真摯な人間関係がそうであるとおり、互の成長の足どりにつれて幾変転し、試され試し、幾度か脱皮してその人々の人生へもたらされて来るのである。 境遇が同じようだというだけでは、まだ真の友情の生れる・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・この一句で真摯なるべき現実が不快にくずされている。悲壮という複雑な人間的感情の集約的表現は、ちょっとという小量を示す形容詞によって、軽佻化され、なおざりのものとされ、読者は作者の浮腰を感じるのである。このような例は、この部分一ヵ所ではない。・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・権力を失うまいとするものが、どんなに卑しく膝をかがめて港々に出ばろうとも、着実真摯な男女市民の人生は、個人と民族の基本的人権のありどころを見失わないで、粘りづよく現実に、自主的で民主的な運命の展開のためにたたかわれてゆかなければならないと思・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・時計の眩ゆい振子の金色。縁側に背を向け、小さな御飯台に片肱をかけ、頭をまげ、私は一心に墨を磨った。 時計のカチ、カチ、カチカチいう音、涼しいような黒い墨の香い。日はまあ何と暖かなのだろう。「ああちゃま、まだ濃くない?」 母は、障・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・ロマンティックな要素、そしてその反面に根をはっている封建風なもの、この両者はそれぞれ独自なニュアンスをなして、云わばこの卓抜な二人の作家の正直さ、善良さ、真摯さの故に矛盾をも明かに示しつつ、生涯の実生活と作品とを綾どっている。 今日の日・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・苦渋な、しかし真摯な作品である。「小祝の一家」が雑誌『文芸』に発表されて程なく、一九三三年十二月二十六日宮本顕治は東京地方委員会のキャップをしていたスパイに売られて検挙された。 一九三四年一月十五日にわたしも検挙され、六月十三日、母・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
出典:青空文庫