・・・問題が親子の関係である際も同である。 二 右の例は、一部の人々ならば「近代的」という事に縁が遠いと言われるかも知れぬ。そんなら、この処に一人の男(仮令があって、自分の神経作用が従来の人々よりも一層鋭敏になってい・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・ 酒ぎらいな紳士は眉をひそめて、手巾で鼻を蔽いながら、密と再び覗くと斉しく、色が変って真蒼になった。 竹の皮散り、貧乏徳利の転った中に、小一按摩は、夫人に噛りついていたのである。 読む方は、筆者が最初に言ったある場合を、ごく内端・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・の神楽の中に、青いおかめ、黒いひょっとこの、扮装したのが、こてこてと飯粒をつけた大杓子、べたりと味噌を塗った太擂粉木で、踊り踊り、不意を襲って、あれ、きゃア、ワッと言う隙あらばこそ、見物、いや、参詣の紳士はもとより、装を凝らした貴婦人令嬢の・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・その子を連れて、勧進比丘尼で、諸国を廻って親子の見世ものになったらそれまで、どうなるものか。……そうすると、気が易くなりました。」「ああ、観音の利益だなあ。」 つと顔を背けると、肩をそいで、お誓は、はらはらと涙を落した。「その御・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 碑の面の戒名は、信士とも信女とも、苔に埋れて見えないが、三つ蔦の紋所が、その葉の落ちたように寂しく顕われて、線香の消残った台石に――田沢氏――と仄に読まれた。「は、は、修行者のように言わっしゃる、御遠方からでがんすかの、東京からな・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・苗樹ばかりの桑の、薄く芽ぐみたるが篠に似て参差たり。一方は雑木山、とりわけ、かしの大樹、高きと低き二幹、葉は黒きまで枝とともに茂りて、黒雲の渦のごとく、かくて花菜の空の明るきに対す。花道をかけて一条、皆、丘と丘との間の細道の趣なり。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・夫婦親子の関係も同じ理由で、そこに争われない差別があるであろう。とくに夫婦の関係などは最も顕著な相違がありはすまいか。夫婦の者が深くあいたよって互いに懐しく思う精神のほとんど無意識の間にも、いつも生き生きとして動いているということは、処世上・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・社会問題攻究論者などは、口を開けば官吏の腐敗、上流の腐敗、紳士紳商の下劣、男女学生の堕落を痛罵するも、是が救済策に就ては未だ嘗って要領を得た提案がない、彼等一般が腐敗しつつあるは事実である、併しそれらを救済せんとならば、彼等がどうして相・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・「あれやさかい厭になってしまう。親子四人の為めに僅かの給料で毎日々々こき使われ、帰って晩酌でも一杯思う時は、半分小児の守りや。養子の身はつらいものや、なア。月末の払いが不足する時などは、借金をするんも胸くそ悪し、いッそ子供を抱いたまま、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・その数のうちには、トルストイのような自髯の老翁も見えれば、メテルリンクのようなハイカラの若紳士も出る。ヒュネカのごとき活気盛んな壮年者もあれば、ブラウニング夫人のごとき才気当るべからざる婦人もいる。いずれも皆外国または内国の有名、無名の学者・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫