・・・欠伸をまじえても金銭に換算しても、やはり女の生理の秘密はその都度新鮮な驚きであった。私は深刻憂鬱な日々を送った。 阿部定の事件が起ったのは、丁度そんな時だ。妖艶な彼女が品川の旅館で逮捕された時、号外が出て、ニュースカメラマンが出動した。・・・ 織田作之助 「世相」
・・・一間ばかりの所を一朝かかって居去って、旧の処へ辛うじて辿着きは着いたが、さて新鮮の空気を呼吸し得たは束の間、尤も形の徐々壊出した死骸を六歩と離れぬ所で新鮮の空気の沙汰も可笑しいかも知れぬが――束の間で、風が変って今度は正面に此方へ吹付ける、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・しかし彼にはただ窓を明け崖路へ彼らの姿を晒すということばかりでもすでに新鮮な魅力であった。彼はそのときの、薄い刃物で背を撫でられるような戦慄を空想した。そればかりではない。それがいかに彼らの醜い現実に対する反逆であるかを想像するのであった。・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 花売りの声が戸口に聞こえたときも彼は眼を覚ました。新鮮な声、と思った。榊の葉やいろいろの花にこぼれている朝陽の色が、見えるように思われた。 やがて、家々の戸が勢いよく開いて、学校へ行く子供の声が路に聞こえはじめた。女はまだ深く睡っ・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・比較的に見るとき、レディにはそのナイーヴさ、素純さ、処女性の新鮮さにおいて、玄人にはとうてい見出されない肌ざわりがあるのだ。「良家の娘」という語は平凡なひびきしか持たぬが、そこにいうにいわれぬ相異があるのだ。一度媚びを売ることを余儀なくされ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・勿論あれが同じあのようなものにしても生硬粗雑で言葉づかいも何もこなれて居ないものでありましたならば、後の同路を辿るものに取って障礙となるとも利益とはなっていなかったでしょうが、立意は新鮮で、用意は周到であった其一段が甚だ宜しくって腐気と厭味・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・さすがは秀吉はエライ人間をつかまえて不換紙幣発行者としたもので、そして利休はまたホントに無慾でしかも煉金術を真に能くした神仙であったのである。不換紙幣は当時どれほど世の中の調節に与って霊力があったか知れぬ。その利を受けた者は勿論利休ではない・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・で、八犬士でも為朝でも朝比奈でも因縁因果の法を信じて居ります。神仙妖魅霊異の事も半信半疑ながらにむしろ信じられて居りました。で、八犬士でも為朝でもそれらを否定せぬ様子を現わして居ります。武術や膂力の尊崇された時代であります。で、八犬士や為朝・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・もっと自分を新鮮に、そして簡素にすることは無いか。そのために、彼は他にもあった教師の口を断り、すこし土でも掘って見ようと思って、わざわざこの寂しい田舎へ入って来た。「高瀬さん、一体貴方はお幾つなんですか――」 桜井先生の奥さんは・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・朝早く魚河岸の方へ買出しに行った広瀬さんも金太郎もまだ戻って見えなかったが、新鮮な魚類を載せた車だけは威勢よく先に帰って来て、丁度お三輪が新七と一緒に出掛けようとするところへ着いた。「広瀬さんにもよろしく。金さんにもよろしく」 と別・・・ 島崎藤村 「食堂」
出典:青空文庫