・・・ 地震による山崩れは勿論、颱風の豪雨で誘発される山津浪についても慎重に地を相する必要がある。海嘯については猶更である。大阪では安政の地震津浪で洗われた区域に構わず新市街を建てて、昭和九年の暴風による海嘯の洗礼を受けた。東京では先頃深川の・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・先生が洋行の際に持って行って帰った記念品で、上面にケー・ナツメと書いてあるのを、新調のズックのカヴァーで包み隠したいかものであった。その中にぎっしり色々の品物をつめ込んであった。細心の工夫によってやっとうまく詰め合わせたものを引っくら返され・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・ とんびの滑翔する高さは通例どのくらいであるか知らないが、目測した視角と、鳥のおおよその身長から判断して百メートル二百メートルの程度ではないかと思われる。そんな高さからでもこの鳥の目は地上のねずみをねずみとして判別するのだという在来の説・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・「君、服を新調したから一つ見てくれ」と言われるようなこともあった。服装については自分は先生からは落第点をもらっていた。綿ネルの下着が袖口から二寸もはみ出しているのが、いつも先生から笑われる種であった。それから、自分が生来のわがまま者でたとえ・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・これは少なくも慎重な吟味を加えた後でなければ軽率に否定し去ることのできない問題であろう。のみならず、その環境によって生まれた自然の多様性がさらにまた二次的影響として上記の一次的効果に参加することも忘れてはならないのである。 植物界は動物・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・明暦三年の振袖火事では、毎日のように吹き続く北西気候風に乗じて江戸の大部分を焼き払うにはいかにすべきかを慎重に考究した結果ででもあるように本郷、小石川、麹町の三か所に相次いで三度に火を発している。由井正雪の残党が放火したのだという流言が行な・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・一種の疎密波が身長に沿うて虫の速度よりは早い速度で進行する。 もしか自分がむかでになってあれだけのたくさんな足を一つ一つ意識的に動かして、あのような歩行をしなければならないとしたら実にたいへんである。思ってみるだけでも気が狂いそうである・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・写真乾板の感光膜をガラスからはがすために特殊の薬液に浸すと膜が伸張して著しいしわができるのであるが、そのしわが場合によっては上記の樹枝状とかなりよく似た形を示すことがある。また写真乾板上の一点に高圧電極の先端を当てて暗処で見るとその先端から・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・秋祭の時、廓に毎年屋台が出て、道太は父親につれられて、詰所の二階で見たことがあったが、お絹の母親は、新調の衣裳なぞ出して父に見せていたことなどもあった。今はもう四十五六にもなって、しばらくやっていた師匠を止めて、ここの世話をやきに来ているの・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・いわゆる責任ある地位に立って、慎重なる態度を以て国政を執る方々である。当路に立てば処士横議はたしかに厄介なものであろう。仕事をするには邪魔も払いたくなるはず。統一統一と目ざす鼻先に、謀叛の禁物は知れたことである。老人の※には、花火線香も爆烈・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫