・・・雌雄も、地味な友情で結ばれているように、仲間とも馴染まず、避けず、どんな新来者があっても、こればかりは意気地なくつつかれるようなことはしない。 見ても愛らしいのは、実に紅雀だ。四羽の雌と雄とが、丸い小さい紅や鶯茶の体で、輝く日だまりにチ・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・革命十周年祝祭の歓びの亢奮とドン・バス事件に対する大衆の憤りの亢奮が新来の自分をも直ちにとらえた。ドン・バスへは是非よろう。旅行に出る前、自分は対外文化連絡協会から石炭生産組合へ紹介状を貰い、まだ地図もよく分からないモスクワの商業区域を歩き・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ ソヴェト市民は新来の外国人を見ると、先ずいつも訊くだろう。 ――赤いけしを観ましたか? しかし、それを観てしまうと、もうほんとに新しいソヴェトのバレーは種ぎれだった、昔ながらの「眠り姫」を見物しなければならない。――ソヴェトは・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・いずれも忠利の深く信頼していた侍どもである。だから忠利の心では、この人々を子息光尚の保護のために残しておきたいことは山々であった。またこの人々を自分と一しょに死なせるのが残刻だとは十分感じていた。しかし彼ら一人一人に「許す」という一言を、身・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・何ぜなら、もしも然るがように新時代の意義が生活の感覚化にありとするならば、いかなるものと雖もそれらの人々のより高きを望む悟性に信頼し、より高遠な、より健康な生活への批判と創造とをそれらの人々に強いるべきが、新しき生活の創造へわれわれを展開さ・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・自分の内には、自分の運命に対する強い信頼が小供の時から絶えず活らいていたけれども、またその側には常に自分の矮小と無力とを恥じる念があって、この両者の相交錯する脈搏の内にのみ自分の成長が行われていたのであるが、この時からその脈搏は止まってしま・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・道徳的には潔癖であるとさえ思い習わしていた自分が、汚穢に充ちた泥溝の内に晏如としてあった、という事実は、自分の人格に対する信頼を根本から揺り動かした。 腐敗はそれのみにとどまらなかった。私はいつのまにか愛の心を軽んじ侮るようになっていた・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫