・・・その時下の方でいい声で歌うのをききました。「赤いてながのくぅも、 天のちかくをはいまわり、 スルスル光のいとをはき、 きぃらりきぃらり巣をかける。」 見るとそれはきれいな女の蜘蛛でした。「ここへおいで。」と手長の蜘蛛・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・に没頭したのであったが、三ヵ月にあまるこの仕事への没頭――調べたり、ノートしたり、書いたりしてゆく過程で循環してつきない自家中毒をおこしていた精神活動の上に知らず知らず、やや健全な客観の習慣をとりもどすことが出来たのであった。翌年の秋から「・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・調帯も、万一はずれた時下で働いている者に怪我させそうな場所は鉄板の覆いがかかっている。 更衣所で、男の着る作業服に着かえ、足先を麻の布でくるんで膝までの長靴をはいた。すっぽり作業帽をかぶって待っていると、自分も作業服にかえてドミトロフ君・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・精神上にも自家の醜は隠される間は隠している。そればかりではない。フランスの誰やらの本に、大賊が刑せられる時、人間の一番大切なる秘密を語ろうと云った。人が何かと問うた。賊は「白状するな」と云ったと云うのである。これは処世法の最深刻なるものかも・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・お前ら自家の財産減らすことより考えやせんのや。」「安次の一疋やそこら何んじゃ。それに組へのこのこ出かけていって恰好の悪いこと知らんのか!」「何を云うのや、お前!」 お霜は勘次をじっと見た。「しぶったれ!」勘次は小屋の外へ出て・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫