・・・昔、村の小学校時代にオルガンを見て、懐かしく思ったように、やはり懐かしい、遠い、感じがしたのであります。 その家には、ちょうど露子の姉さんに当たるくらいのお方がありまして、よく露子をあわれみ、かわいがられましたから、露子は真の姉さんとも・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・ しかし、このことも、幾千万児童の精神文化の問題であり、次代の新社会建設を約束するものなるが故に、解放の暁が迫っています。ひとり搾取の対象となった彼等の上に、近時、社会の眼が、ようやく正しく向いて来たのでした。・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・いや、少年時代のたわいない気持のせんさくなどどうでもよろしい。が、とにかく、そのことがあってから、私は奉公を怠けだした。――というと、あるいは半分ぐらい嘘になるかもしれない。そんなことがなくても、そろそろ怠け癖がついているのです。使いに行け・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・彼女は八つになるのだが、私はその時分も冬の寒空を当もなく都会を彷徨していた時代だったが、発表する当のない「雪おんな」という短篇を書いた時ちょうど郷里で彼女が生れたので、私は雪子と名をつけてやった娘だった。私にはずいぶん気に入りの子なのだが、・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・その言葉には何のたくみも感ぜられなかったけれど、彼が少年だった時代、その歌によって抱いたしんに朗らかな新鮮な想像が、思いがけず彼の胸におし寄せた。かあかあ烏が鳴いてゆく、お寺の屋根へ、お宮の森へ、かあかあ烏が鳴いてゆく。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
さて、明治の御代もいや栄えて、あの時分はおもしろかったなどと、学校時代の事を語り合う事のできる紳士がたくさんできました。 落ち合うごとに、いろいろの話が出ます。何度となく繰り返されます。繰り返しても繰り返しても飽くを知・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・夫も薄給で子どもをおんぶして、貸家を捜しまわった時代のことが書いてある。その人の歌に、事にふれてめをと心ぞたのもしきあだなる思ひはみなほろぶものというのがある。この「めおと心」というのが夫婦愛で、これは長い年月を経済生活、社・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・夢見る、理想主義の青年のみが健やかなる青年であり、次代を荷い、つくる青年なのである。 まして学窓にあるほどの青年が環境をつぶやいたりなどできるものであろうか? これに対してはクロポトキンの『青年への訴え』を読めと勧めるだけでつきている。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・此の娑婆世界にして雉となりし時は鷹につかまれ、鼠となりし時は猫にくらわれ、或いは妻子に、敵に身を捨て、所領に命を失いし事大地微塵よりも多し。法華経の為には一度も失う事なし。されば日蓮貧道の身と生まれて、父母の孝養心に足らず、国恩を報ずべき力・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 日本の文化的指導者は祖国への冷淡と、民族共同体への隠されたる反感とによって、次代の青年たちを、生かしも、殺しもせぬ生煮えの状態にいぶしつつあるのである。これは悲しむべき光景である。是非ともこれは文化的真理と、人類的公所を失わぬ、新しい・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫