・・・しかも明治維新とともに生まれた卑しむべき新文明の実利主義は全国にわたって、この大いなる中世の城楼を、なんの容赦もなく破壊した。自分は、不忍池を埋めて家屋を建築しようという論者をさえ生んだわらうべき時代思想を考えると、この破壊もただ微笑をもっ・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・ 自分達の生活――それは、実利的な、独善的な――たゞ、それが支障なく送られゝばそれでいいという考えから、広く人類について、また社会について、考える必要がないとでも思っているのではあるまいか。 そういう人達にとっては、人間に対する、真・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・く、畑仕事、水汲み、薪割り、絵本の朗読、子供の馬、積木の相手、アンヨは上手、つつましきながらも家庭は常に春の如く、かなり広い庭は、ことごとく打ちたがやされて畑になってはいるが、この主人、ただの興覚めの実利主義者とかいうものとは事ちがい、畑の・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・織女さまのおよろこびに附け込んで、自分たちの願いをきいてもらおうと計画するなど、まことに実利的で、ずるいと思った。だいいち、それでは織女星に気の毒である。一年にいちどの逢う瀬をたのしもうとしている夜に、下界からわいわい陳情が殺到しては、せっ・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・私には多少、年寄りくさい実利主義的な傾向もあるのでしょうか、何の意味も無くまっぱだかになって角力をとり、投げられて大怪我をしたり、顔つきをかえて走って誰よりも誰が早いとか、どうせ百メートル二十秒の組でどんぐりの背ならべなのに、ばかばかしい、・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・車の硝子窓から、印度や南清の殖民地で見るような質素な実利的な西洋館が街の両側に続いて見え出した。車の音が俄かに激しい。調子の合わない楽隊が再び聞える。乃ち銀座の大通を横切るのである。乗客の中には三人連の草鞋ばき菅笠の田舎ものまで交って、また・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ これにつけてもわれわれはかのアングロサキソン人種が齎した散文的実利的な文明に基いて、没趣味なる薩長人の経営した明治の新時代に対して、幾度幾年間、時勢の変遷と称する余儀ない事情を繰返し繰返して嘆いていなければならぬのであろう。 われ・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・けだし農なり商なり、また航海なり、人生の肉体に属することにして近く実利に接するものなれば、政府はその実際の利害につき、あるいは課税を軽重し保護を左右する等の術を施して、たちまちこれを盛ならしめ、またたちまちこれを衰えしむること、はなはだやす・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・日本の人民のうけた意味ふかい教訓として記憶される。実利実益の見込みにからんで国内をつよくひろい幅で流れまわったこのたびのアメリカ大統領選挙の予測の方向につりこまれて、複雑な現実がひきおこす誤差に思いも及ばず、一二の雑誌がみっともなかったとし・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・そのポストが大整理という苦しい仕事に当面していず、たんまり利権の汁につかっている実利の地位であったのなら、いまの腐敗した政党人たちが、何でおとなしい技術出の個人にそんな椅子をゆずっておこう! 民自党の本質的なこわさが、故人の運命をアーク燈の・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
出典:青空文庫