滝田君はいつも肥っていた。のみならずいつも赤い顔をしていた。夏目先生の滝田君を金太郎と呼ばれたのも当らぬことはない。しかしあの目の細い所などは寧ろ菊慈童にそっくりだった。 僕は大学に在学中、滝田君に初対面の挨拶をしてか・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎氏」
・・・彼女の髪は童女の習慣どおり、侍童のように、肩あたりまでの長さに切下にしてあった。窓からは、朧夜の月の光の下に、この町の堂母なるサン・ルフィノ寺院とその前の広場とが、滑かな陽春の空気に柔らめられて、夢のように見渡された。寺院の北側をロッカ・マ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・それ故に母親が自から改めなければ、強権の力を頼んでも試験勉強の如きを廃して、幾百万の児童を救ってもらいたいと思うのであります。 お母さんだけが、いつの場合にでも、子供のほんとうの味方でありましょう。そのお母さんが、もし子供の人格を重んぜ・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・けれど、階梯として何うしても児童等は嫌いなものも、好きなものと、同時に強いられる教育状態にある。私は、これ等の学校を卒業して、社会へ子供達が出た時に、学校生活がどれだけ役立ち、また、彼等を幸福ならしむるかと考えさせられるのであるが、これなど・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
思想問題とか、失業問題とかいうような、当面の問題に関しては、何人もこれを社会問題として論議し、対策をするけれど、老人とか、児童とかのように、現役の人員ならざるものに対しては、それ等の利害得失について、これを忘却しないまでも、兎角、等閑・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・ しかし、かくのごときものは、児童等の知識の進むに従って、満足することができなくなった。この欠陥と不満は、すでに従来のお伽噺や、童話について感じられたことであって、児童の読物を科学的のものに引戻せという声は、その反動的のあらわれと見・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・ もう一つ、これと連想するものに、児童の問題があります。 長い間、児童等の生活は、その責任と義務を、家庭と学校に委して、社会は、深く立入ることなくして過ぎて来ました。就中、家庭において、支配する者の意志と感情が、直接支配される者・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・その島の小学児童は毎朝勢揃いして一艘の船を仕立てて港の小学校へやって来る。帰りにも待ち合わせてその船に乗って帰る。彼らは雨にも風にもめげずにやって来る。一番近い島でも十八町ある。いったいそんな島で育ったらどんなだろう。島の人というとどこか風・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・丸の内の街道を通ってゆくらしい自動自転車の爆音がきこえていた。 この町のある医者がそれに乗って帰って来る時刻であった。その爆音を聞くと峻の家の近所にいる女の子は我勝ちに「ハリケンハッチのオートバイ」と叫ぶ。「オートバ」と言っている児もあ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 七里の途はただ山ばかり、坂あり、谷あり、渓流あり、淵あり、滝あり、村落あり、児童あり、林あり、森あり、寄宿舎の門を朝早く出て日の暮に家に着くまでの間、自分はこれらの形、色、光、趣きを如何いう風に画いたら、自分の心を夢のように鎖ざしてい・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
出典:青空文庫