・・・医者はまるで天竺から来た麝香獣でも見る時のように、じろじろその顔を眺めながら、「お前は仙人になりたいのだそうだが、一体どう云う所から、そんな望みを起したのだ?」と、不審そうに尋ねました。すると権助が答えるには、「別にこれと云う訣もご・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・それは邯鄲の歩みを学ばないうちに寿陵の歩みを忘れてしまい、蛇行匍匐して帰郷したと云う「韓非子」中の青年だった。今日の僕は誰の目にも「寿陵余子」であるのに違いなかった。しかしまだ地獄へ堕ちなかった僕もこのペン・ネエムを用いていたことは、――僕・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・が、ミスラ君がその花を私の鼻の先へ持って来ると、ちょうど麝香か何かのように重苦しいさえするのです。私はあまりの不思議さに、何度も感嘆の声を洩しますと、ミスラ君はやはり微笑したまま、また無造作にその花をテエブル掛の上へ落しました。勿論落すとも・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・歴史をその純粋な現われにまで還元することである。蛇行して達しうる人間の実際の方向を、直線によって描き直すことである。もし社会主義の思想が真理であったとしても、もし実行という視角からのみ論ずるならば、その思想の実現に先だって、多くの中間的施設・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・……血肝と思った真赤なのが、糠袋よ、なあ。麝香入の匂袋ででもある事か――坊は知るまい、女の膚身を湯で磨く……気取ったのは鶯のふんが入る、糠袋が、それでも、殊勝に、思わせぶりに、びしょびしょぶよぶよと濡れて出た。いずれ、身勝手な――病のために・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 芬と、麝香の薫のする、金襴の袋を解いて、長刀を、この乳の下へ、平当てにヒヤリと、また芬と、丁子の香がしましたのです。」…… この薙刀を、もとのなげしに納める時は、二人がかりで、それはいいが、お誓が刃の方を支えたのだから、おかし・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 北上川の蛇行水路の右岸の平野に低湿の沼沢地が一面に分布しているのは不思議である。河流が完成して後に一体の地盤が沈降したのではないかと疑われる。これは地形学者の説を聞いてみなければ分らない。 平泉の旧跡はなるほど景勝の地である。都市・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ 河流の蛇行径路については従来いろいろの研究があり、かの有名なアルベルト・アインシュタインまでが一説を出していたようである。しかし場合によっては、これが単に河水の浸蝕作用だけではなくて、もっと第一次的な地殻変形の週期性によって、たとえ全・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・昔の東海道の杉並木の名残が、蛇行する自動車道路を直線的に切っているのが面白い。平野ではこれと反対に旧道の曲線を新道の直線で切っている場合が多いのである。人間の足と自動車とでは器械がちがうだけに「道路の科学」もまた違った解答を与えるのであろう・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・どうしてかと聞いてみると、それはわが国では得がたい麝香というものであったそうな。ここまで一人でしゃべってしまってもっともらしい顔をして煙を輪に吹く。ポンポン桶をたたきながら黙って聞いていた桶屋はこの時ちょっと自分のほうを見て変な・・・ 寺田寅彦 「花物語」
出典:青空文庫