・・・ 参唱 同行二人 巡礼しようと、なんど真剣に考えたか知れぬ。ひとり旅して、菅笠には、同行二人と細くしたためて、私と、それからもう一人、道づれの、その、同行の相手は、姿見えぬ人、うなだれつつ、わが背後にしずかにつきした・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・いちばん目に止るのは足の方の鴨居に笠と簑とを吊して笠には「西方十万億土順礼 西子」と書いてある。右側の障子の外が『ホトトギス』へ掲げた小園で奥行四間もあろうか萩の本を束ねたのが数株心のままに茂っているが花はまだついておらぬ。まいかいは花が落・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・あるときは白き髯の寛き衣を纏いて、長き杖の先に小さき瓢を括しつけながら行く巡礼姿も見える。又あるときは頭よりただ一枚と思わるる真白の上衣被りて、眼口も手足も確と分ちかねたるが、けたたましげに鉦打ち鳴らして過ぎるも見ゆる。これは癩をやむ人の前・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・三十日の間私生子と起居を共にせる美人は只「清き巡礼の子」という名にその本名を知る事が出来ぬのは遺憾である。……盾の話しはこの時代の事と思え。 この盾は何時の世のものとも知れぬ。パヴィースと云うて三角を倒まにして全身を蔽う位な大きさに作ら・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・夜に、小い阿弥陀様が犬の枕上に立たれて、一念発起の功徳に汝が願い叶え得さすべし、信心怠りなく勤めよ、如是畜生発菩提心、善哉善哉、と仰せられると見て夢はさめた、犬はこのお告に力を得て、さらば諸国の霊場を巡礼して、一は、自分が喰い殺したる姨の菩・・・ 正岡子規 「犬」
・・・幾里の登り阪を草鞋のあら緒にくわれて見知らぬ順礼の介抱に他生の縁を感じ馬子に叱られ駕籠舁に嘲られながらぶらりぶらりと急がぬ旅路に白雲を踏み草花を摘む。実にやもののあわれはこれよりぞ知るべき。はた十銭のはたごに六部道者と合い宿の寝言は熟眠を驚・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
流沙の南の、楊で囲まれた小さな泉で、私は、いった麦粉を水にといて、昼の食事をしておりました。 そのとき、一人の巡礼のおじいさんが、やっぱり食事のために、そこへやって来ました。私たちはだまって軽く礼をしました。 けれ・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・「あわれやむすめちちおやが、 旅ではてたと聞いたなら、 ちさいあの手に白手甲、 いとし巡礼の雨とかぜ。 もうしご冥加ご報謝と、 かどなみなみに立つとても、 非道の蜘蛛の網ざしき、 さわるまいぞや。よるまいぞ。・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・ ところがすぐ向うから二人の巡礼が細い声で歌を歌いながらやって参ります。ネネムはあわててバタバタバタバタもがきました。何とかして早くばけもの世界に戻ろうとしたのです。 巡礼たちは早くもネネムを見つけました。そしてびっくりして地にひれ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・に巡礼をやり、今やっているゴーゴリの芝居では何をやっているか、旦那さんの方はきっと徹夜して小説かいてるでしょう。今夜見物する予定でしたが叔父様をお送りしたからやめになりました。 この近所には千葉で三年ばかり暮すことになった山田さんの奥さ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫