・・・例えば左にも右くにも文部省が功労者と認めて選奨した坪内博士、如何なる偏見を抱いて見るも穏健老実なる紳士と認めらるべき思想界の長老たる坪内氏が、経営する文芸協会の興行たる『故郷』の上場を何等の内論も質問もなく一令を下して直ちに禁止する如き、恰・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・しかし、顔のことに触れたついでに言えば、若いのか年寄りなのかわからぬような顔は、上乗の顔ではあるまい。それを思うと、私は鏡を見るたびに、やはり失望せずにはおられない。鏡の中の私の顔はまさにピコアゾーである。自分でも自分が何歳であるか疑わしく・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 私たちの世代にいたっては、その、いとど嫋嫋たる伝統の糸が、ぷつんと音たてて切れてしまったかのようである。詩歌の形式は、いまなお五七五調であって、形の完璧を誇って居るものもあるようだが、散文にいたっては。 抜けるように色が白い、・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・ここにて、この条条を極めさとりて、かんのうになれば、定めて天下にゆるされ、めいぼうを得つべし。若、この時分に、天下のゆるされも不足に、めいぼうも思ふほどなくは、如何なる上手なりとも、未まことの花を極めぬしてと知るべし。もし極めずは、四十より・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・佐野君にしては上乗の応酬である。「水が濁ったのかしら。」令嬢は笑わずに、低く呟いた。 じいさんは、幽かに笑って、歩いている。「どうして旗を持っているのです。」佐野君は話題の転換をこころみた。「出征したのよ。」「誰が?」・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・これは監督苦心の産物かもしれないが、効果は遺憾ながらあまり上乗とは思われない。後日「モロッコ」を作る場合にはこの道化師までもみんないっしょに太鼓とラッパの音の中へたたき込んでしまったものと思われる。 俳諧連句については私はすでにしばしば・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・一方で、科学者の発見の径路を忠実に記録した論文などには往々探偵小説の上乗なるものよりもさらにいっそう探偵小説的なものがあるのである。実際科学者はみんな名探偵でなければならない。そうして凡庸な探偵はいつも見当ちがいの所へばかり目をつけて、肝心・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・連俳の中の恋の句にはほとんど川柳と紙一重の区別も認め難いものがあり、また川柳の上乗なるものには、やはりあわれがあり風雅があることは争われない。しかし川柳の下等なものになると、表面上は機微な客観的真実の認識と描写があるようでも、句の背後からそ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・それほどの必然さをもって連結されていて、しかもその途中のつながりが深い暗い室の中に隠れているような感じを与えるものが連句の上乗なものでありはしないかと思うのである。 これについて思い出すのは近ごろの心理分析学者ことにフロイドの夢の心理に・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・現に今日にあっても私徳品行の一点に至り、我が日本の婦人と西洋諸国の婦人と相対するときは、我に愧ずる所なきのみならず、往々上乗に位して、かの婦人の能くせざる所を能くし、その堪えざる所に堪え、彼をして慚死せしむるものさえ少なからず。内外人の共に・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫